▼04▲ ヒロインと悪役令嬢
「もし、この世界を少女漫画に見立てた場合、どう見てもこっちの方がヒロインだろう」
エイジンは、ホワイトボードにマグネットで張り付けられたリリアンの顔写真を指差して言う。
「可愛いし、清純そうだし、栗色の髪はゆるふわだし、大人しそうな反面、一途で頑張り屋さんな感じもする。いかにも読者受けしそうなタイプだ。その一方で、こちらのご令嬢と来たら」
それから、少し離れた場所に張り付けられたグレタの顔写真を指差し、
「かなり美人だけど、目付きが鋭くて性格キツそうだし、金髪縦ロールだし、意地悪そうに見えて、まんま行動は極悪非道。どこからどう見ても悪役令嬢じゃないか。そりゃ、婚約者の男にも逃げられるわ」
そのあまりにもストレートな物言いに、魔法使いアランは思わず周囲を見回した。
「すみません。もう少し言葉をオブラートに包んで頂けると助かるのですが。他の使用人に聞かれるとまずいので。それはともかく、リリアン嬢に敗れたグレタお嬢様は、腹の虫がおさまらず、『目には目を、歯には歯を、古武術には古武術を』と、こちらも異世界から古武術マスターを召喚して必殺技を習得し、再戦を申し込むつもりなのです」
「悪い事は言わないからやめた方がいい。それ、熱血スポ根だと絶対に悪役が返り討ちに遭うパターン。それもこっぴどくやられる奴」
「グレタお嬢様は一度言い出したら後に引かないタチなので、もうどうしようもないのです」
「そもそも、グレタ嬢は、そんなに元婚約者のジェームズ君にご執心なのか?」
エイジンは立ち上がって、リリアンとグレタの中間やや下方に張り付けられている、ジェームズの顔写真を手に取り、
「確かに、育ちが良さげで優しそうなイケメンだけど、リリアン嬢とグレタ嬢、どっちとお似合いかと聞かれたら、断然こっちだろう」
その写真をリリアンの写真の横にマグネットでペタリと張り付けた。何てお似合いな美男美女。
「第一、そんなに惚れている男なら、フルボッコにしたり逆さ吊りにしたりは出来ないはず。ジェームズ君がドMなら話は別だけど」
「グレタお嬢様は、ジェームズ様ご本人がどうこうと言うより、ジェームズ様を奪われた事自体が気にくわないのです」
「目的と手段を見失った、負け犬女の怨念って訳か」
「はい、お恥ずかしい限りです」
「なら、こういうのはどうだろう。そんな勝ち目のない戦いを挑むより、グレタ嬢に新しい男をあてがってやれば、そのつまらない怒りも収まるんじゃないかな」
「その男はどこから調達を?」
「アラン君が頑張ればいい。『婚約者に振られて傷心のお嬢様は、ずっと側で見守っていてくれた使用人の熱い視線に気付くのでした』って具合で。上手く行けば逆玉も狙える」
「ダメです! アランにそんな事はさせられません!」
今まで黙っていたアンヌが弾かれた様に立ち上がり、アランの肩をぎゅっと抱き締めて、エイジンの案に抗議する。
「あ、あんた達、そういう関係だったのか」
エイジン先生は少し呆れ、二人の使用人は顔を真っ赤にした。