▼399▲ 休日出勤で寝不足なOLが眠りこける空いている事だけが救いの朝の電車
結局ピーターの提案に従い、○×クイズで海中に沈められそうなポンコツ車の後に続いて、エイジン先生が再び乗り込んだ巨大な豪華キャンピングカーも廃工場の駐車場へと移動し、それぞれ少し離れて停車した。
エイジン先生は、キャンピングカー内のソファーに寄り添って座るジェーンとテイタムに、
「俺が戻るまで、ここで声を立てずに気配を殺して待っていてくれ」
と言い含め、二人の子供達もこれに無言で頷く。
それからグレタの方に向き直り、
「ピーターのオッサンが外から色々と挑発して来るだろうが、絶対に相手にするな。ただ、俺からあんたへの呼び掛けには答えてもいい。どっちにしろ、ドアを開けるのと外に出るのは厳禁だ」
と念を押すエイジン先生。
「分かったわ」
了承して、二人の子供の傍らに立つグレタ。その姿は幼い妹達を守ろうとする実のお姉さんの様。
そんな三令嬢をリビングスペースに残して前方へ移動し、
「俺が降りたら車のドアを全部ロックして、戻って来るまで絶対に解除するな。場合によっては、俺がピーターのオッサンを羽交い絞めにしてる間に、車を発進させて屋敷へ戻れ。その時は合図するから」
運転席のイングリッドに物騒な事を指示するエイジン先生。
「分かりました。必要とあれば、ピーター様を車で轢く事も辞しません」
もっと物騒な事を真顔で提案するイングリッド。
「いや、そこまでやらなくていいから」
物騒なイングリッドを残し、助手席側のドアからエイジン先生が地面に降り立つと、背後で、ガチャ、とドアがロックされる音が響く。
既にポンコツ車から降りていたピーターが、
「ご協力ありがとうございます、エイジンさん。ここなら他に誰もいませんから、お互いに腹を割って話が出来ます」
そう言って、ゆっくりと近付いて来た。
「他の捜索員は連れて来なかったのか?」
エイジンが問う。
「はい。捜索本部も、あたしがここに来ている事は知りません」
「完全に単独行動か。で、話ってのは?」
「単刀直入に言いましょう。ジェーンお嬢様とテイタムお嬢様を、こちらに返してください」
立ち止まり、エイジンと真正面から向き合うピーター。
「返すも何も、居場所すら知らないんだが」
「とぼけても無駄ですよ。今までずっと、あなたが二人を匿っていたのは分かってるんです」
「証拠は?」
「正に今、あたしの目の前にあります」
ピーターはにやりと笑って、エイジンの背後のキャンピングカーを指差し、
「この首を賭けたっていい。今、お嬢様達はあの車の中にいます。ドアを開けて中を見せてもらえれば、それでこのバカげた騒ぎもおしまいです」
と断言した。
「あんたの首なんかもらったってしょうがねえよ。それに証拠じゃなくて、ただの妄想じゃねえか」
全く動じる様子もなく言い返すエイジン先生。
「あたしの言ってる事に根拠がない、と仰るんですか?」
「ああ。実際、中にはウチのお嬢様とそのメイドしか乗ってないし」
「じゃあ、根拠をお見せしましょう」
ピーターは自分のポンコツ車の方を振り返り、
「お願いします。ナスターシャさん!」
と呼び掛けた。
しかし、何も起こらない。
仕方なくピーターは、ポンコツ車に戻ってドアを開け、
「お疲れの所すいません、ナスターシャさん。例のやつをお願い出来ませんか?」
「……ん? あ、すいません、ピーターさん……すぐ降りますから」
しばらくすると、後部座席で寝ていたと思しき人形使いのナスターシャが、フラフラしながら車を降りて来た。
「あ、おはようございます、エイジンさん」
相変わらず、その美しくも眠そうな顔で天然ボケをかます黒ローブ姿のナスターシャ。
「もうとっくに昼過ぎだよ。ってか、あんたも一緒だったのか。道理でこのオッサンが葉巻を吸ってない訳だ」
ちょっと呆れた後、
「でもあんた、今日休みだって言ってなかったか? 貴重なオフだってのに、またこのオッサンに引っ張り出されたのかよ。しまいにゃ過労で倒れるぞ」
同情するエイジン先生。
「いえ、私も子供達に夢を与える仕事をしている以上、誘拐事件の捜査に協力するのは当然です」
いい事を言っている様で、どこかズレている感のあるナスターシャだった。
脳を正しく働かせる為には、やはり十分な睡眠が必要なのである。




