▼398▲ 走行中の車の前に無理やり停車してインネンをつけに来る迷惑ドライバー
スワンボートによる湖上のピクニックを終えて岸に上がり、
「では、私は車を取りに行って参ります」
イングリッドはバスケットケースを持ってキャンピングカーが置いてある駐車場へ、
「頼んだ。俺達は最初に降りた所で待ってるから、そこで落ち合おう」
エイジン先生とグレタ、ジェーン、テイタムの三令嬢は、駐車場の監視カメラに映らぬ様、湖から少し離れた道路脇へと向かう。
四人が待ち合わせ場所に到着すると、程なく駐車場の方からキャンピングカーがこちらに向かって来るのが見え、
「あんな豪華なキャンピングカーをレンタルしておいてトンボ帰りなんて、もったいないが仕方ない。何せ俺達はある意味追われてる身だからな」
そちらの方を眺めながら、残念そうにつぶやくエイジン先生。
「追われてる身なのに、あんなに大きくて目立つ車を選んだの?」
おかしそうに問うジェーン。
「追われてる身だからさ。ああいう車なら居住空間ごと移動してる様なもんだから、いざとなったらどこへでも逃げられる」
「本物の逃亡生活が始まるのね」
「まあ、それは極端な話として、外から中を見られない、ってのが一番大きいな。普通の車だと隠れ様がないが、あれならドアを閉めておきさえすればいい」
「確かに、今朝屋敷を出た時みたいに、いちいち姿勢を低くして縮こまっているのは窮屈だわ」
「帰りはもう縮こまらなくていいぞ。一度キャンピングカーに乗ったら、今度は乗り換えずにそのままガル家に直行するから」
「でも車から降りる時は、また段ボール箱でスネークね」
「ああ、スネークで頼む」
そんな事を言っている内にキャンピングカーが到着し、四人が側面のドアから乗り込むと、
「本日もご利用頂きありがとうございます。当バスはライデル湖発、ガル家屋敷行きです」
路線バスの運転手よろしく、イングリッドによる車内アナウンスが始まった。
「お降りの停留所が案内されましたら、お近くの降車ボタンを押してお知らせください」
「そんなボタン、どこにも見当たらないぞ」
一応ツッコんでおくエイジン先生。
「付けるのを忘れました」
「じゃあ、意味ねえだろ」
「代わりに口で『ピンポーン』と言ってください」
「医薬品のCMかよ!」
他にも、「お客様の中にお医者さんはいらっしゃいますか?」や、「ふはははは、引っかかったな! このバスは世界征服を企む悪の組織『シューマイの上に乗っている緑の豆』が乗っ取った!」、等の定番コントを交えつつ、一行は一路ガル家へと向かう。
ところが、山のふもとまで下りて例の廃工場の近くまで来た所で、キャンピングカーが停止し、
「エイジン先生、緊急事態です。こちらまで来てください」
イングリッドの車内アナウンスから、おふざけ成分が消える。
「あんたらは、ここから出るな。静かに待機しててくれ」
グレタ、ジェーン、テイタムにそう言い残し、前方に向かうエイジン先生。
「何があった?」
運転席に通じるドアを開けてエイジンが尋ねると、
「ともかく、あれをご覧ください」
緊張した表情で、道の前方を指差すイングリッド。
そこには見覚えのある黒い幌を付けた見るからにポンコツなオープンカーが停車しており、もっと見覚えのあるヨレヨレのコートを着た中年男が、大きく手を振りながらこちらに向かって歩いて来るのが見え、
「ピーターのオッサンか。遠くからでも一発で分かる」
呆れた様に言うエイジン先生。
「いかがなさいます? このまま知らん顔をして通り過ぎますか?」
「いや、どこでどう嗅ぎつけたのかは分からんが、こうなったら逃げてもしょうがない。よし、俺が行って話して来る」
エイジン先生は助手席側のドアから車を降り、ピーターの方に向かう。
「湖は楽しかったですか、エイジンさん?」
エイジンが口を開く前に、大きな声でにこやかに呼び掛けるピーター。
「こんな所で車が故障して立ち往生か? 救援は呼んだのか?」
しらばっくれた表情で問い返すエイジン先生。
「故障じゃありませんよ。あそこで、エイジンさん達が来るのを待っていたんです」
そう言って廃工場を指差し、
「エイジンさん達がライデル湖に行く前、車を乗り換えた場所でね」
まるで一部始終を見ていたかの様に言うピーター。
「人を待つなら、時と場所を考えた方がいいぞ。こんな所にでかい車を停めさせられたら、他の車のいい迷惑だ」
行動をピタリと言い当てられても、全く動じずに言い返すエイジン先生。
「ごもっともです。じゃ、あの廃工場まで車でご同行願えませんか? 例の誘拐事件について、ぜひお話ししたい事がありまして」
「勘弁してくれ。流石にここまでやられると、こっちとしても、レンダ家にあんたの度の過ぎたストーカー行為を抗議させてもらう事になるが」
「大してお手間は取らせません。それに――」
ピーターは少し間を置いてから、
「――これが最後ですから」
不敵な笑みを浮かべてそう言った。




