▼397▲ 悪い男に重い物を巻き付けられて湖の底に沈められる最期
四人乗りのスワンボートを一時間の予定で二艘借りて、一方にジェーンとテイタムの子供組、もう一方にグレタ、イングリッド、エイジンの大人組が乗り、かねてから打ち合わせていた通り、まず湖の中央部を目指して漕ぎ出した。
「漕いでもあまり進まないのね」
「でも、これはこれで面白いわ」
中央のハンドルを一緒に操作して、足元のペダルを一生懸命漕ぎながら、楽しそうにはしゃぐジェーンとテイタム。
「あせらずゆっくり行こう。向こうに着いたらお昼な」
並走するスワンボートから二人にのんびりと声をかけた後で、背後を振り返り、
「あんたは長距離運転して疲れてるだろうから、漕がずに休んでてくれ。時々、あの子達の写真と動画を撮ってくれりゃいい」
とイングリッドに指示を出すエイジン先生。ちなみに後部座席にもペダルは付いている。
「では、お言葉に甘えて」
そう言って、小型ビデオカメラを片手で構え、
「初体験はいつ?」
「誰がAVの冒頭インタビューをやれと言った」
エイジン先生に、ぺち、と軽く頭をはたかれるイングリッド。幸い、いたいけな女子小学生二人はペダルを漕ぐのに夢中で、このアホなやりとりに気付かない様子。
「ちょっと離れた所から撮った方がいいかな」
「じゃ、飛ばすわね」
エイジンの隣に座るグレタが、ペダルを漕ぐ足に力を入れる。子供達同様テンション高め。
こうして大人組が子供組を先導する形で、少し距離を置いた二艘のスワンボートが、静かな湖の上をジャボジャボと水音を立てながらゆっくりと進んで行き、やがて人気のない中央部へと到達した。
再びスワンボートを横並びにした後で、
「じゃあ、お昼にしようか。イングリッド、例の物を」
「どうぞ、エイジン先生」
イングリッドがバスケットケースから取り出した黒い布の袋包みを受け取り、用心深く辺りの様子を窺ってから、それを素早くボートの外に、ドボン、と落として、
「うっかりお弁当の包みを落としちゃいました、てへっ」
わざとらしい小芝居をしてみせるエイジン先生。
「これで証拠隠滅ね」
それを見て微笑むジェーン。
「何の事かな? 今俺が落としちゃったのは、違法なリレーアタック用の機械じゃなくて、ただのお弁当だよ!」
おどけた口調でとぼけるエイジン。悪い事をしている時、この男は本当にイキイキとしている。
「すいぶん重そうなお弁当だったけど?」
「そりゃ、お弁当の他に、深海釣り用の三百号のオモリも入れといたからな。一キロ超えるやつ」
「最初から沈める気満々じゃない!」
「ま、湖の女神様へのお供物だと思ってあきらめようぜ! で、これがお嬢ちゃん達の分のお弁当だ。こっちは落とすなよ」
今度は本物のランチボックスと水筒をイングリッドに出してもらい、スワンボートから腕を伸ばして子供達に手渡してやるエイジン先生。
それからしばらくの間、穏やかな晴天の下、山々の緑に囲まれた広い湖の真ん中にプカプカと浮かぶ二艘のスワンボートの中で、大人三人と子供二人はイングリッドお手製のサンドウィッチとミルクティーで昼食をとっていた。
他にも何艘かスワンボートや手漕ぎボートは出ていたが、皆、岸辺の方に固まっていて、こちらの方へは近付いて来ない。ほぼ貸切状態の湖を堪能した後、
「さて、そろそろ戻るとするか。進むのが遅いから、余裕を持って戻らないとすぐ時間オーバーになるからな。ま、今は空いてるからボートの順番待ちもないし、もっと延長してもいいんだが」
エイジン先生が、隣のスワンボートの中の子供達にそう言うと、
「もう十分楽しんだわ。結構ペダルを漕ぐのって疲れるし」
「証拠隠滅も完了した事ですし、長居は禁物かと思います」
ジェーンとテイタムはそれぞれ満足した様子で帰還に同意した。
「じゃ、桟橋まで競争よ、ジェーン、テイタム!」
テンション高めのグレタの提案に従い、二艘のスワンボートは最後まで抜きつ抜かれつのデッドヒートを繰り広げながら元の場所へと戻って行く。
もちろん、人が歩くより遅いスピードで。




