▼391▲ 九回裏二死満塁でファウルボールが客席のバカップルを直撃する可能性
すっかり打ち解けたグレタ、イングリッド、ジェーン、テイタムが、実の姉妹の様にお風呂で仲良くキャッキャウフフしている間に、エイジン先生はアランとアンヌを小屋のリビングに呼び出して、これまでの経緯とこれからの予定を説明し、
「そういう訳で、明日はあの子達を連れて、ここから車で約三時間の所にあるライデル湖へボート遊びに行くから、留守中はよろしく頼む」
と言い含めた。
「分かりました。でもやっぱり、見張りの人形がいなくなったのを、『待ってました』、とばかりに外出するのは、危なくないですか?」
ソファーに浅く腰掛けているアランが不安げに答え、そんなアランの横顔を隣でアンヌが心配そうに見つめている。
「ああ、滅茶苦茶危ないよ。あの抜け目のないピーターのオッサンが、こんな絶好のチャンスを黙って見逃すとは思えん」
テーブルを挟んで向かい側のソファーの背もたれに深く寄りかかって座るエイジン先生。「危ない」などと言ってる割に、その表情には不安のカケラも見当たらず、まるで他人事の様。
「だったら安全策をとって、しばらく籠城していた方がいいのでは?」
「ところがどっこい、籠城してても危ない事に変わりはない。そもそも、あのオッサン相手に絶対的な安全策なんて存在しねえよ。出かけたら出かけたで、引き籠ったら引き籠ったで、状況に応じて自由自在に罠を仕掛けられる奴だ」
「かなり絶望的な状況なんですが、それは」
青ざめるアラン。
「だが、罠ってのは仕掛ける側にもリスクがある。もし、その罠の裏をかいて、ピーターのオッサンに空振りさせる事が出来ればしめたもの。レンダ家に、『お前んとこで雇ってるおかしな探偵が、まったく証拠もなしに失礼千万な事をやらかしやがったんだが、この落とし前はどう付けてくれる?』、ってな具合でクレームを入れれば、一発でピーターは事件から外される。下手すりゃそのままお払い箱だ」
悪い笑みを浮かべるエイジン先生。
「エイジン先生は、それを狙ってたんですか!?」
「ああ、例えば俺達の留守中にピーターのオッサンがやって来て、無理やりこの屋敷の敷地内に入ろうとすれば、それだけでピーターは詰む。ま、あのオッサンも流石にそんなうかつな真似はやらんだろうがな」
「立派な不法侵入罪ですからね。それ以上に、『重要な取引先への侮辱行為』、という意味合いの方が強いのでしょうが」
「一度大規模な捜索の協力を頼んでおいて、それでも飽き足らずに無許可で見張りの人形を置いた挙句、証拠も権限もなしに屋敷の敷地内に不法侵入すれば、文句なくスリーアウトだ」
「今の状況は、野球で言うと九回裏二死満塁ってとこですね」
「奴の罠に対してカウンターを決められれば俺達の勝ち、そのままやられたら俺達の負け、さ」
他人事の様に語るエイジン先生に、アランは頷いて、
「ここまで来たら、エイジン先生を信じるだけです」
力強く宣言する。
「やみくもに信じられても困る。ま、いざと言う時は、俺が一人で罪を被るつもりだが」
「エイジン先生……」
「もし一人で被りきれなかったら、その時はアラン君も頼む。下っ端の雇われ魔法使いなら、尻尾切りにはうってつけだろ」
「エイジン先生!」
「それだけはやめてください、お願いします!」
同時に叫ぶアランとアンヌ。バカップルの受難は続く。




