▼384▲ 睡眠不足のマリオネット
宵闇が濃くなりつつある中、エイジンがガル家の屋敷の正門前まで来てみると、元々そういう色なのか洗車をサボって溜まった埃の加減でそう見えるのか、ともかく青っぽいグレーの車体に、黒い幌を付けた見るからにポンコツなオープンカーが一台と、さらにその後ろにもう一台、こちらはピカピカに磨き上げられた黒塗りのいかにも高級そうな車が止まっていた。
「バラエティー番組の○×クイズでこんなシチュエーションあったな。○の車と×の車があって、クレーンで海に沈められる方の車があからさまにボロくてバレバレなのが」
エイジン先生がどうでもいい事をつぶやいていると、
「ああ、どうもエイジンさん。朝、晩とお邪魔してすいません」
クレーンで海に沈められそうな方のポンコツ車のドアが開き、中からよれよれのコートを着たピーターが現れた。
「なに、こっちとしても早くあの人形を回収して欲しいから、ありがたいくらいだ。それはそうと、あんた、あの後ちゃんと寝たのか?」
「はい、家電量販店のマッサージチェア売り場で、五時間ぐっすりと」
「よく店員に注意されなかったな」
「ちょうど客が少ない時間帯だったんです。ついでにカミさんから頼まれた電池と蛍光灯も、そこで買いましてね」
「つくづく行動にムダがないな。あんたは」
「じゃあ、まずはナスターシャさんに、人形を回収して頂きましょうか」
ピーターが、クレーンで海に沈められない方の高級車に近付いて後部ドアを開けると、黒ローブ姿の美しき人形使いナスターシャが、世にも穏やかな表情ですやすやと寝入っていた。
「あのお、お疲れの所すいません。起きてください、ナスターシャさん。もうガル家に着いたんですが」
終点でも降りずに眠りこけている酔っ払いを起こそうとする車掌よろしく、ナスターシャの肩を揺さぶって声を掛けるピーター。
「ん……あ、もう着いたんですか。すみません、ピーターさん。この車の乗り心地が良過ぎて、つい」
眠そうな声で答えてから約一分後、茶色い大きな旅行鞄と共に、ふらつく足取りでやっと車を降りるナスターシャ。
「早く帰って寝た方がいいぞ。でもその前に、屋敷の周りにばらまいた五十体の人形を全部きっちり回収してくれ」
気遣うと見せかけて、自分の利益を優先するエイジン先生。
「はい。それでは早速」
まだ半分寝てるのか元々そういう物憂げな半開きの目なのかよく分からないナスターシャが、鞄を地面に置いてパカッと開けると、まるでそこに吸い寄せられる様に、兵隊の人形がどこからともなく一体、また一体と、小走りで集まって来て、鞄の前に整列し始める。
「害虫をホイホイ駆除するトラップみたいだな」
失礼な事をのたまうエイジン先生。
「縦七列、横七列の計四十九体、その横にもう一体で、計五十体です。魔法で洗浄してから、全て鞄に収納します。これでよろしいでしょうか、エイジンさん?」
特に気にせず、エイジンに確認するナスターシャ。眠そう。
「ああ、よろしく頼む」
「では。『汚れて優しさをなくした人形達に、焼け付く様な日射しの加護を!』」
ナスターシャが短い呪文を唱えると、五十体の人形が一瞬青白く光り、
「これで洗浄は終了しました。後は静かに眠りなさい」
光が収まった後、人形は人形使いの命令に従い、一体一体、開いた鞄の中に、ぴょこん、ぴょこん、と飛び込んでは横たわって行く。
「羊が一匹、羊が二匹……」
それを見ながら、余計な事をつぶやいてまぜっ返すエイジン先生。
心なしかナスターシャのまぶたがどんどん閉じて行く。
「ナスターシャさん、もう五十体全部収納されましたよ」
結局、立ったまま眠ってしまったナスターシャの肩を揺さぶって起こさざるを得なくなるピーター。
睡眠不足のマリオネットは、もつれた糸を自分で断ち切れないのである。




