▼38▲ ハリセンと一斗缶
その後延々と、表向きは「名家の使用人として恥ずべき行いは慎みなさい」という説教、本音は「おんどりゃワシの男に何ちょっかいだしとんじゃゴルァ」という恫喝をイングリッドに行った後、アンヌはまるで誰かに盗られやしないかと危惧しているかの様に、独占欲丸出しで愛しのアランの腕をぎゅっと抱え込むようにして、屋敷へと戻って行った。
「なんて事をしてくれたんです、エイジン先生。これで私とアンヌとの友情にヒビが入ったらどうしてくれるんですか」
居間に二人きりになってから、パジャマに着替えさせられたイングリッドが、無表情でエイジンに抗議する。
「これであんたが『俺を事実無根のセクハラで訴える』ってカードはなくなったって訳だ。逆に痴女行為の一部始終を、俺以外の二人の証人が見ているんだからな。これを聞いたら、流石にグレタ嬢も処分せざるを得ないだろうよ」
澄ました顔で答えるエイジン先生。
「脅迫ですか」
「いや、取引きだ」
「『黙っていてやる代わりに、お前のカラダを自由にさせろ』、という事ですか」
イングリッドは大げさにため息をついて、これみよがしにパジャマの上衣のボタンを外し始める。
「やめろ。なんでセクハラ冤罪を本物のセクハラにしなきゃならないんだ。『もう痴女まがいの事をするな』、と言ってるんだよ」
「失礼な。誰が痴女です」
「あんただよ。わざと着替えを見せ付けたり、裸で俺の寝ている所に忍び込んだり。ってか、ボタンを掛けろ」
「仮に私が痴女だとして、何かエイジン先生に不都合がありますか? 本当はそのとり澄ました顔の裏で、『漲る欲望の詰まったニック・ボウをあの女の体内に突っ込んでやりたい、ハァハァ』、などと妄想をたくましくされているのではないですか?」
「『ハリセンか空の一斗缶で、その失礼かつ下品な妄想が詰まった頭に派手にツッコんでやりたい』、と思う事はあるな。やらないけど。ってか、いい加減パジャマの前を閉じろ」
「お断りします。どうしても、私のパジャマの前を閉じさせたいというのであれば、エイジン先生自らの手でボタンを掛けてください」
そう言って、ずい、とパジャマの前の開いた隙間から胸の谷間とよく割れた腹筋が丸見えになっている上半身を、エイジンに突き出すイングリッド。
エイジンは、はぁ、とため息をつき、
「一つ言っておくが、内弟子よろしく俺の側をウロチョロした所で、古武術の奥義なんて永遠に習得出来ないからな」
イングリッドを無視して寝室に入って行った。




