▼378▲ 彼女によって嘘発見器にかけられる彼氏
左手の中指に脈拍測定用の筒、人差し指と薬指に発汗測定用のパッチ、右の二の腕に血圧測定用のカフ、肋骨周りに呼吸測定用の二本のバンドを装着した、入院患者仕様のエイジン先生が一人用のソファーに腰掛けている横に、アタッシュケース位の大きさの平たい箱型のポリグラフがワゴンの上に置かれており、そこから一定の速度で繰り出される細長い記録用方眼紙に、数本の針によって測定結果の細かい波形が記されて行く。
被験者に全ての質問へ「いいえ」で答えてもらい、それが嘘であった場合は各波形が大きく乱れる、というのがこのポリグラフを用いた嘘発見器の原理である。エイジン先生が言った通り、信頼性に乏しく証拠能力はほとんどないのであるが。
そんな事情はさておき、白衣姿のイングリッドがエイジンに最初の質問をする。
「『私はメイド萌えである』」
「いいえ」
素っ気なく答えるエイジン先生。針の振れもほとんど変化なし。
「壊れてますね、この嘘発見器」
「なんでだよ!」
「気を取り直して次の質問です。『私はイングリッドを心から愛している』」
「いいえ」
やはり針の振れに変化なし。
「やっぱり壊れてます」
「心底どうでもいい質問だから、反応しないんだと思うぞ」
「失礼な。では、質問を変えましょう。『私はお金が大好きだ』」
「いいえ」
針の振れが大きくなった。
「私よりお金の方が大事なんですか、エイジン先生!」
「知らん。文句があるなら機械に言え」
「最低ですね。次の質問に行きます。『私はロリコンだ』」
「いいえ」
針の振れに変化なし。
「『女子小学生の下着姿に欲情してしまう』」
「いいえ」
変化なし。
「『女子小学生は最高だぜ! 性的な意味で』」
「いいえ」
変化なし。
「エイジン先生には失望しました。この三つの質問はグーンと針を振り切って、視聴者をドッカンドッカン笑わせる所でしょう!」
「知るか! ってか、現役の小学生の前でそんな質問するなよ!」
声を荒げてツッコミを入れるエイジン先生。その瞬間だけ針が大きく振れる。
「次行きましょう。『グレタお嬢様を心から愛している』」
「いいえ」
変化なし。
「エイジン!」
横からグレタが不満そうに吠えた。
「だから、文句があるなら機械に言え」
素っ気ないエイジン先生。
「お嬢様、どうやらエイジン先生は色恋と性癖に関してはガードが固い様です。ここは別の質問をして、揺さぶりをかけましょう」
グレタを宥めてから、イングリッドは質問を続ける。
「『私は古武術マスターではなく、「古武術」を謳い文句にしているだけの、割と新しい武術の使い手である』」
「いいえ」
針が大きく振れた。
「武術に関しては素直ですね。では次。『古武術をやっている奴は皆、ロクでもない奴ばっかりだ』」
「いいえ」
針に変化なし。
「なるほど、特にそんな事もない、と。『だが、中にはどうしようもないクズもいる』」
「いいえ」
針がこれでもかとばかりに大きく振れた。
「いるんですね、どうしようもないクズが」
「残念ながら、いる」
苦々しげに言うエイジン先生。その間も針は振れまくり。
「だいぶ素直になって来た所で、質問を戻しましょう。『私はグレタお嬢様とイングリッドに毎日欲情している』」
「いいえ」
針は元の静けさを取り戻し、そのまま変化なし。
「エイジンの嘘つき!」
「エイジン先生! いつも膨らませてる癖に!」
「やかましいわ! ってか、小学生の前でそういう事を言うんじゃない!」
グレタとイングリッドの非難の声に抗議するエイジン先生。
もっとも、当の小学生二人はしょうもないノリにも慣れて来たのか、ジェーンは力なく笑い、テイタムは興味深げな表情で、アホな大人達のやる事を見守っていた。




