▼376▲ 十二の夜とこの異世界からの卒業
「そんな事情でピーターのオッサンは、また夜にここへ来る。つまり俺達はそれまでずっと、五十体の人形に見張られてるって訳だ。うかつな事は出来ん」
ピーターとの会見を終えて例の倉庫に戻り、在庫管理の仕事をしていたアランに、その内容の一部始終を話すエイジン先生。
「気味が悪い位、ピーターさんにこの狂言誘拐の全貌を見透かされてますね。疑いが別の方に向くどころか、ここでお嬢様方を匿っていると、ますます確信していそうです」
不安そうな表情になるアラン。
「間違いなく見透かしてるよ。ただ、証拠がないから強硬手段に踏み切れないだけだ。だもんだから、あの手この手でしつこく揺さぶりを掛けて来やがる。小さな手掛かりを総合して犯行の手口を再現してみたり、本人を目の前にして無職に厳しいプロファイリングをしてみたり」
「エイジン先生はもう無職じゃないでしょう」
「いつ無職に戻るか分からない身の上だ。アラン君と同じで」
「不吉な事言わないでください!」
本気で怯えるアラン。
「まあ、俺とアラン君が逮捕されて無職になる位だったら、まだいいんだが」
「ちっともよくないです!」
「最悪なのは、ガル家が子供の誘拐に関わった事が世間に知れて、一気に没落する事だ。元悪役令嬢グレタに相応しい『ざまぁ』な展開としてな」
「まだ、その話は続いてたんですか。この世界が少女漫画とかいう仮定の」
「ああ、今回はグレタ嬢個人だけでなく、その実家ごと一網打尽にするつもりなんだろうよ。そういう意味でも、受けて立つしかない」
「だったら最初から、家出してここへ逃げて来たお嬢様方を、ピーターさんに引き渡してしまえば良かったんじゃないですか? 下手に匿わずに」
「確かにそうすれば、誘拐犯にはならずに済んだろうよ。だがテイタムお嬢様はともかく、ジェーンお嬢様に恨まれる事になって、これが後々別の形で災いとなってこちらに跳ね返る危険性がある」
「そうでしょうか? 特に恨まれる程のひどい仕打ちをした訳でもなく、ごく当然の対応だと思いますが?」
「あの通り、ジェーンお嬢様はウチのグレタお嬢様に性格が似ている。後は分かるな?」
「ああ、そういう……」
遠い目になるアラン。エイジンがこの世界に来るまでの、グレタの手のつけられない荒れっぷりを思い出しているに違いない。
「大人はごく当然の対応と思っていても、子供にとっては深く傷付く事もある。『あの時自分達を助けてくれなかった、心の一つも分かりあえない薄情な大人共に、いつか復讐してやる』などと逆恨みされたりな。その結果、夜中に盗んだバイクで特攻掛けて来たり、ガル家の屋敷の窓ガラスを壊して回ったり」
「迷惑極まりない話ですが、かつてのグレタお嬢様ならその位はやりかねません」
「そんな世界からグレタ嬢を卒業させたのは俺の功績だぞ、ありがたく思え」
「それはもちろんです。ガル家の使用人一同、エイジン先生には感謝しています」
「いや、そうマジに感謝されてもな。これも元ネタ知らないか、アラン君は」
「?」
首を傾げるアラン。エイジン先生と話していると、何を言っているのか分からない事が多々あるから困る。
「ま、そんなヤンチャだったらまだ可愛いもんだ。何と言っても、ジェーンがガル家の重要な取引銀行のご令嬢である事を思えば、もっと深刻なダメージをガル家に与える事だって出来なくもないだろう。経済的な意味で」
「確かにそっちの方が夜中の襲撃より怖いですね」
「逆に、ここでジェーン嬢に恩を売っておけば、ガル家にとっても悪い話じゃない。『子供は先の長いお客様』だと、俺の世界のお笑い芸人も言っている」
「なるほど、エイジン先生のお考えは何となくですが分かりました。ただ今回の場合、ジェーンお嬢様に恩を売る事は、そのままレンダ家とニールキック家を敵に回す事になってしまいそうなんですが……」
「そこは俺が上手くやる。だから、引き続き危ない橋を一緒に渡ってくれ、アラン君」
落ちたら悲惨な危ない橋を、目隠しで強制的に渡らされるアラン君だった。海賊の処刑みたいに。




