▼375▲ しつこく来る客と帰らない人形
「すみません、お気を悪くされたのなら謝ります。あたしはただ、その写真を撮った共犯者はそういう人物じゃないか、って推測しただけで、別にエイジンさんをどうこう言うつもりはありません」
エイジン先生に弁解するピーター。口では謝っているものの、目は注意深くエイジンの表情を窺っている。
「こっちもガル家に雇われるまで無職期間が長くてね。無職云々言われると、まるで自分が糾弾されてる様に感じて悲しくなるんだ。出来れば『無職』とか『ニート』とか『働け』とかの言葉抜きで話をしてくれるとありがたい」
ピーターに弁解するエイジン先生。傷付き易い元無職をアピールしているものの、現在進行形でやっている事はふてぶてしいにも程がある。
「分かりました、気を付けます。ともかく、話を元に戻しましょう。あたしの考えでは、ジェーンお嬢様とテイタムお嬢様の他に、複数の共犯者が途中からこの事件に関わってます。こうなると話は厄介です。こちらとしては出来るだけ穏便に済ませたい所なんですが、事によると警察の介入もやむを得なくなるかもしれません」
「介入させちゃまずいだろう。本当にただの狂言誘拐だったとしても、警察に知らせた事がバレたら、その共犯者達が逆上して、子供達に危害を加える可能性もあるぞ」
「警察に知らせなければお嬢様方は安全だ、という保証もありませんからねえ。あくまでもあたしの任務は、『お嬢様方を無事保護する事』なんです」
そこでピーターは言葉を切って、コーヒーを一口飲み、
「もし警察を巻き込む事になったら、あたしは元警察関係者のはしくれとして、あらゆるコネを使って徹底的にやりますよ。正式に令状を取って、怪しい場所を、それこそ重箱の隅をつつく様に捜索します。たとえそこが名家のお屋敷であってもです」
エイジン先生にニヤリと笑って見せた。
「身代金を払って穏便に解決する方がいいと思うがね。警察に任せるとなると、どうしてもお嬢様に不利な事実も明るみに出るだろう」
「はい、そこが頭痛のタネでして。まず狂言誘拐となると、当然お嬢様方が犯罪者という事になってしまいます。まあ、その辺は警察内のコネを使ってなるべく表沙汰にしない様に努力しますが」
ピーターは傍らに置いてある紙袋の中から、透明なビニール袋に入った携帯電話の様な物を取り出し、
「これが例の、車の鍵を開ける『リレーアタック』用の機械の片割れです。夕べ閉園時間ギリギリになって、遊園地の管理事務所に、カップルの客が届け出たそうです。『観覧車の中に落ちていた』って話ですが、おそらくはバッグの中にでも放り込まれていたんでしょうなあ。本当の事を言うと色々面倒くさい事になりかねないので、『落ちていた』事にしたんでしょう」
テーブルの上に置いて、事情を説明した。
「確か魔法が使われてるんだよな、その機械。つまり事件が明るみに出れば、お嬢様達は警察だけでなく魔法捜査局のお咎めを受ける事になる」
「ええ、そうなんです。魔法捜査局の管轄となると、あたしもコネが丸っきり効かなくて」
「分かった。もしそれがウチの車に使われていたとしても、魔法捜査局には通報しないから、そこは安心してくれ」
「お心遣いに感謝します。とりあえず、お話は以上です。ありがとうございました、エイジンさん」
そう言って、ソファーからもっさりと立ち上がろうとするピーターに、
「ちょっと待った」
「何でしょう?」
「夕べ屋敷の周りにばらまいた人形を、帰る時にちゃんと持ち帰ってくれ。あれに見張られてるのはマジで不気味なんだ」
不法投棄されたゴミ、もとい五十体の魔力で動く人形を回収する様に釘を刺すエイジン先生。
「ああ、どうもすみません。念の為、お屋敷の敷地の外に配置させて頂いたんですが、あまり意味はなかった様ですね」
とぼけた口調で謝るピーター。
「全部持ち帰ってくれよ。一体でも欠けるとナスターシャに怒られるぞ」
「誠に申し訳ないんですが、そのナスターシャさんから、『あの人形は私以外の者に回収させないでください』と念を押されてましてね。今日、遊園地の公演が終わってから、また改めてナスターシャさんと一緒にここに伺います。人形の回収はその時と言う事で」
また来るつもりでいる、しつこいピーター。




