▼372▲ 寝タバコの不始末で燃え尽きる人生
エイジン先生が屋敷の応接室まで来てみると、昨晩と同じよれよれコート姿のピーターが、火の点いた葉巻を片手に持ったまま目を閉じ、ソファーに深くもたれる格好で座っていた。
そんなピーターの眠りを妨げぬ様に、後手でそっとドアを閉めた後、
「火事だあああっ!!」
いきなり大声で怒鳴るエイジン先生。
「ああ、こりゃどうも。おはようございます、エイジンさん」
大声に驚くでもなく、普通に目を開けてゆっくり前に身を乗り出し、テーブルの上の灰皿に葉巻の灰をトントンと落とすピーター。
「その様子だと徹夜か。ご苦労さんなこった」
「若い頃は二晩くらい徹夜しても平気だったんですが、トシですかねえ。どうも体が言う事を聞かなくなってしまって」
ピーターがそう言いかけた時、バタンと大きな音を立ててドアが開き、続いて血相を変えたメイドが消火器を抱えて部屋に突入して、
「火事はどこですか!?」
と、勢い込んで尋ねた。
「ああ、すまん。ちょっとしたジョークだ。どこも燃えてないから、安心して持ち場に戻ってくれ」
騒ぎの火元であるエイジン先生が誤解を解き、
「あの、メイドさん。すいませんが、コーヒー頂けませんかね。ブラックでいいんで。眠気覚まし用に」
来たついでとばかりに、ピーターがコーヒーを注文する。
「じゃ、俺にも同じやつを頼む」
便乗するエイジン先生。
「かしこまりました」
かつがれた事に対する苦情の一つも言わず、消火器を小脇に抱えて部屋を出て行くメイドさんの鑑。
「非常事態なのは分かるが、ちょっとは寝た方がいいぜ」
非常事態に加担しておきながら、しれっとピーターに進言するエイジン。
「この後、少し眠るつもりです。というのも今朝、ジェーンお嬢様達の安否に関して、少し明るい進展がありまして」
そう言ってピーターは、自分が座っている横に置いてあった茶色い紙袋の中から、A4の紙を何枚か取り出してエイジンに手渡した。
「今朝速達でレンダ家に送られて来た、差し出し人不明の封書に入っていた手紙と写真のコピーです。まったく同じ物がニールキック家にも送られています」
「写真に写ってるのは、ジェーン嬢とテイタム嬢か?」
ざっと目を通した後に尋ねるエイジン先生。
「はい。見ての通り、二人共かなりお元気そうで、ご両親も我々捜索員一同もほっとしている所です」
「だがジェーン嬢が持っているフリップと手紙に、何やら脅迫めいた事が書いてあるぞ。これ、誘拐事件じゃないのか?」
「本当に誘拐されたのなら、子供達はこんな楽しそうにしてられませんよ。子供の表情ってのは、実に素直なもんですからねえ。もっと不安そうな顔をしているはずです」
「じゃあ、これはお嬢様達の狂言か」
「ええ、十中八九、自作自演の狂言誘拐でしょうなあ。ただ」
「ただ?」
「あたしはこの二人の他に、誰か共犯者がいるとにらんでます」
そう言って、意味ありげにエイジンを見るピーター。
「共犯者?」
顔色一つ変えずにすっとぼける共犯者エイジン。




