▼365▲ 映画に誘う男と「もうそれ観ちゃった」と返す女
「よろしいですか、テイタムお嬢様。私はこれからお風呂に行って参りますが、万一エイジン先生に寝込みを襲われたら、このホイッスルを吹いて下さい。たとえ入浴中であろうとも、全速力で救援に駆けつけさせて頂きますから。全裸で」
トイレから出て来たテイタム九歳に、そう言って白いホイッスルを渡すイングリッド。
「よし、テイタムお嬢ちゃん、特に何もないのに面白半分にホイッスルを吹いたりしちゃダメだぞ。絶対だぞ?」
負けじと、テイタムに面白半分にそのホイッスルを吹かせようと企むエイジン先生。
「大丈夫です、イングリッドさん。エイジンさんはそんな事をする男の人に見えません。そんなエイジンさんだから、グレタさんもイングリッドさんも、未来の旦那様に選んだんですよね?」
しょうもない事を言い合う二人の大人より、よっぽど大人びているテイタム。
「テイタムお嬢様は聡明なお方ですね。ですが、男性の性欲というものを過小評価してはいけません。『何もしないから、今晩泊まっていかない?』などと、殿方に誘われたとしたら、それは十中八九『何かするに決まってるだろ』という意味でして」
「さっさと風呂に行って来い」
女子小学生相手に男女間の生々しい話を吹き込もうとするダメイドをバスルームに追いやり、テイタムを寝室へ案内するエイジン先生。
「後からジェーン嬢も来るから、ベッドの奥の方で寝ててくれ。照明はナイトランプだけ残して消しておこうか?」
「いえ。まだ眠くないので、このまま点けておいてください」
「眠くない、か。じゃあ、眠くなるまで時間を潰せるオモチャを持って来てあげよう」
エイジン先生は寝室を出て、しばらくすると、手のひらよりちょっと大きいサイズの平べったい木箱を持って戻って来た。
箱の上部には透明なプラスチック板がはめられており、箱の中では、一本の対角線に沿って下から支えられているだけのグラグラする中板の上を、小さな四つの玉が自由に転がる様になっている。中板の四隅には、それぞれ玉より小さい穴が開いている。
「箱を色々な角度に傾けて、中に入っている四つの玉を四つの穴の上に置くゲームだ。上手く全部置けたら大成功だが、玉が乗っている中板のバランスを取るのが案外難しい。特に最後の一つが中々置けなくてな」
「あ、これ、知ってます」
テイタムはエイジンから受け取った木箱を机の上に置き、箱全体をくるっと水平に素早く回転させた。
木箱はしばらくの間、机の上でコマの様にくるくると高速回転した後、徐々に速度を落としてピタリと止まる。
止まった木箱の中を上から透明プラスチック板ごしに覗くと、四つの玉が四つの穴の上に全部きれいにハマっていた。
「……もしかして、パズルとか好きか?」
一瞬で面目を潰された格好のエイジン先生が尋ねる。
「結構好きです」
しれっと答えるテイタム。
「待ってろ、別のやつを持って来る」
ムキになって、自分の寝室へ別のオモチャを取りに行くエイジン先生。
「これはどうだ。俺の世界に昔からある『箱入り娘』という脱出パズルで」
「すみません、これも知ってます」
エイジンの目の前で、「箱入り娘」をすらすら解いてしまうテイタム。
「よし、待ってろ。今度は『ハノイの塔』を持って来る」
「終わるまでに五千億年以上かかるゲームはいいです」
大人げないエイジンをやんわりと窘めるテイタム九歳。




