▼361▲ 「迷子の犬を保護しています」と書かれた張り紙
小学生に生々しいエロ話を吹きこんで退場処分となったイングリッドが夕食の後片付けに取り掛かり、エイジンと一緒に入浴する事を断念したグレタが一人寂しくバスルームへ直行すると、エイジン先生はジェーンとテイタムをリビングへ連れて行き、そこで待っていたアランとアンヌに引き合わせた。
「改めて紹介する。こっちが魔法使いのアラン・ドロップで、こっちが格闘術のインストラクターのアンヌ・パウンディングだ」
「アラン・ドロップです。どうぞよろしく」
「アンヌ・パウンディングです。何かあれば遠慮なく私達に言ってください、ジェーンお嬢様、テイタムお嬢様」
ソファーから立ち上がって愛想よく挨拶したこの二人に対し、
「ジェーン・レンダです。こちらこそよろしく」
「テイタム・ニールキックです。今晩はこちらでお世話になります」
グレタとイングリッドというエキセントリックなポンコツ主従に比べればこの二人はかなりまともそうだ、と察したらしく、妙にほっとした様子で応答するジェーンとテイタム。
「ここに君達が隠れてる事は、グレタ嬢とイングリッドとアランとアンヌと俺の計五人だけの秘密だ。それ以外の人間には姿を見られない様、行動にはくれぐれも気を付けてくれ」
「分かったわ」
「気を付けます」
柴犬の着ぐるみパジャマ姿の女子小学生二人が素直にエイジンに従う様子は、どことなく犬の訓練風景を思わせた。
「詳しい事情は明日聞く事にするが、その前にやっておかなくちゃならない事がある」
「何?」
「何ですか?」
「どんな事情があるにせよ、詰まる所、君達二人は家出中のお嬢様だ。こんなに夜遅くなっても行方が分からないままだと、親御さんはすごく心配する」
ちょっとまじめな口調になって、まともな事を言い出したエイジン先生に対し、
「いい気味よ! ちょっと位心配すればいいんだわ!」
少し怒った様に吠えるジェーン。
「安心しろ、ちょっとどころか胃に穴が開く位心配してるから。しかし、いつまでも行方が分からなければ、もう事を穏便に済ませたいとか言っていられなくなって、警察に通報せざるを得なくなる。その結果、令状を持った警官がここに踏み込んで、君達はあえなく発見されてしまう」
「じゃあ、寝てる場合じゃないわ! 一刻も早く、ここから遠くへ逃げないと!」
「ところが現在この屋敷の周りは、ピーターが手配した魔力で動く五十体の人形によって監視されている。うかつに屋敷の外に出たら、そこでアウトだ」
「ピーターが?」
「ああ、おっそろしく知恵の回るオッサンだよ、まったく」
「ピーターならその位やりかねないわ……何か打つ手はないの?」
「ピーターの方はおいといて、とりあえずは警察に介入させない事が先決だ。それには、君達の親御さんを安心させてあげる必要がある」
「どうやって?」
「君達二人がどこにいるかをバラす訳にはいかないが、とにかく安全な場所で元気にやっている事だけ伝えられればいい」
「そんな事が出来るの?」
「君達が二人並んでにっこり笑っている写真を撮って、それを家に送り付けるんだ。子供達が安全である事さえ確認出来れば、親御さんも少しは安心するだろ?」
「なるほどね」
「写真を撮る際、『パパ、ママ、私達の事を心配してくれているのなら、警察には絶対通報しないでね』と、直筆で書いたフリップを持っていると、警察への口止め効果も倍増する」
「名案だわ」
「日付が分かる様、手前に最新の新聞を置いて一緒に撮るのもいいな」
「少なくともその新聞が発行された時点までは安全だった、っていう証拠になるわね」
「ダメ押しとして、送付する写真に俺が書いた手紙を添える」
「どんな手紙?」
「『現在、こちらでお嬢さんを保護しています。しばらくこのままお預かりした後でそちらにお返しする予定ですが、その際最小限度の必要経費を請求させて頂きますので、ご了承ください。なお、警察への通報は幼いお嬢さんの心をひどく傷つける結果にしかならないと思われますので、どうか軽率な行為は控えて頂きますよう、切にお願い申し上げます』ってな感じの文面でどうだ?」
「完璧だわ!」
盛り上がるエイジン先生とジェーンを見ながら、青ざめた表情のアランがとうとうたまりかねて、
「それ、どこからどう見ても誘拐じゃないですか!」
悲鳴に近いツッコミを入れざるを得なかった。




