▼358▲ 小さな子供が見ている前だと悪い事が出来なくなる心理
「あら、二人共可愛いじゃない」
リビングにやって来たグレタは、柴犬の着ぐるみパジャマを着た風呂上がりの家出娘達を見て、思わずそんな感想が口を突いて出た。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「お、おかえり。で、どうだった、親御さん達の方は?」
イングリッドとエイジンが、そちらに気付いて声をかけると、
「ウチのバカ親には、『今後、レンダ家とニールキック家の家出騒動については、全部エイジンに任せて』って釘を刺しておいたわよ。『これはエイジンの考えだから』って言ったら、四の五の言わずにすぐに了解してくれたわ」
なぜか誇らしげにドヤ顔で答えるグレタ。バカ親呼ばわりしつつも、エイジンに一目置いてくれている事が嬉しいらしい。
「ご苦労。じゃ、メシにするか」
「今日の夕食は鮭茶漬けです。ジェーンお嬢様、テイタムお嬢様、どうぞキッチンまでお越しください」
マイペースに事を進めるエイジン先生とイングリッドに促され、結局柴犬の着ぐるみパジャマのまま、ジェーンとテイタムはキッチンに赴いた。
既に夕食を済ませていたアランはアンヌを呼ぶ為に小屋の外へ出て行ったので、キッチンではジェーン、テイタム、グレタ、イングリッド、エイジンの五人が一緒にテーブルを囲む形となる。
「お口に合えばよろしいのですが」
イングリッドが二人の家出娘に尋ねると、
「初めて食べたけれど、これ、すごく美味しいわ!」
「とても美味しいです。イングリッドさん、お料理が上手ですね」
ご飯茶碗に盛られた淡いオレンジ色のほぐし身たっぷりの鮭茶漬けを品良くスプーンですくって食べていたジェーンとテイタムは、この味が非常にお気に召した様で、自分が着せられている奇抜な着ぐるみの事など、もうすっかりどうでもよくなったらしい。
「食べ終わったら歯をみがいて、すぐ寝るといい。さっき隠れてたイングリッドの寝室のベッドは大きいから、二人で寝るのに十分だろう?」
保護者の様に仕切るエイジン先生。
「ありがとう。でも、私達まだ起きていても大丈夫よ」
ねないこジェーン。
「色々あって疲れてるだろうから、ほどほどにな。で、俺達の事なんだが」
エイジン先生はグレタとイングリッドの方を向き、にっこりと笑いかけた。
「何?」
「何でしょうか?」
「風呂にはあんたらが先に入れ。俺は最後でいいから」
「え?」
「は?」
「あんたらの寝巻もちゃんと用意してあるからな。ジェーン嬢達とお揃いの柴犬の着ぐるみパジャマだ。もちろん俺もしっかり着る」
「!」
「!」
「あんたらは俺の寝室で寝ろ。俺はリビングのソファーで寝るから。いい年した男女が一緒の部屋で寝るって訳にはいかないもんなあ。子供の教育上よくない」
「エイジン!」
「エイジン先生!」
してやったり顔のエイジンに対し、思わず食ってかかるグレタとイングリッド。
「落ち着け。子供達が見ている前で、二人共大人げないぞ。それとも、俺は何か変な事を言ったか?」
「別に変な事は言ってないわ。でも、何かエイジンの態度が気に入らないの!」
「小さなお嬢様方をダシにして、私達の行動を制限しようとするその態度がです、エイジン先生!」
「おいおい、あまり声を荒げるな。小さなお嬢様方が驚いているじゃないか。ああ、この人達の事は気にしなくていいぞ。こうして時々発作を起こすけど、害はないから」
きょとんとしているジェーン嬢とテイタム嬢に、爽やかな笑顔を向けるエイジン先生。
「何なの、一体?」
訳が分からないまま、ジェーンが尋ねる。
「何でもないさ。いつもだらしない大人達に、せめて子供達がいる時位は節度ある生活を心掛けるよう、ちょっとお願いしただけだ」
爽やかな笑顔で説明するエイジン先生の足に、テーブルの下で左右から蹴りを入れまくるグレタとイングリッド。
『誠に勝手ながら、今晩からしばらくの間、全裸でのサービスは休止させて頂きます』
そんな突然の一方的な通告に対する抗議行動。もしくは八つ当たり。




