▼351▲ セーブポイントから中々出て来ないビビリプレイヤー
ジェーンとテイタムをこっそりガレージから小屋に移動させた後、グレタとイングリッドと一緒に再び屋敷の応接間へ戻ってきたエイジン先生は、
「ガレージの中を念入りに探したが、二人共いなかったぞ」
ソファーに座って待っていたピーターに、しれっと嘘を報告する。
「いなかった?」
ピーターは怪訝そうな表情になって、エイジンを鋭い目で見上げ、
「ああ、こりゃどうも失礼しました。ちょっと意外だったもんで、つい」
すぐに元のもっさりした調子に戻って、恥じる様に頭をかきつつ、
「もしかしてジェーン嬢かテイタム嬢は、以前、こちらのお屋敷に来た事がありますか?」
と尋ねた。
「いえ、ジェーンお嬢様もテイタムお嬢様も、当家にいらした事は一度もありません」
それに淡々と答えるイングリッド。
「来た事があるとないじゃ、何か違うのか?」
問い返すエイジン先生。
「いえね、もし以前こちらのお屋敷に来た事があって、敷地内の様子が手に取る様によく分かってるなら、二人がもうガレージにいない、ってのも頷けるんです。一刻も早くここから逃げたいでしょうからね。ですが、今まで一度も来た事がなく、こちらが二人にとって不案内な場所となると話は違って来ます。その場合は逃げ出す前に、まずガレージを拠点にして、周囲の様子をおっかなびっくり窺ってるのが普通なんです」
「確かに。ガレージに籠ってるのが一番安全だからな。ホラーゲームのセーブポイントみたいなもんだし」
「ちなみに、車の下とかもご覧になりましたか?」
「もちろん見た。けど、猫の子一匹いなかったよ」
「となると、やっぱり二人は、もうガレージの外に出ていると考えるしかないですねえ」
「だから約束通り、ここに来る前、屋敷の使用人達を総動員して敷地内を捜索する様に手配しておいた。一時間位で一通りの捜索は終わると思う」
「本当にお手数をお掛けしてすみません。出来れば、あたしもその捜索に加わりたいんですが」
「すまないが、外部の人間がガル家のプライベートな空間をうろつき回るのは遠慮してくれ」
「ごもっともで」
ピーターは残念そうに承諾し、
「一つ伺いますが、こちらのお屋敷を取り囲んでる塀は、小学生の子供でも簡単に乗り越えられますか?」
と尋ねる。
「梯子を使わないと難しいですね。それなりに高さがありますから」
イングリッドが淡々と答え、
「塀を乗り越えなくても、通用口から簡単に外に出られるだろ」
エイジン先生が横から口を挟む。
「そうですね。通用口にたどり着きさえすれば外に出られます。オートロックなので、一度外に出ると中へは入れなくなりますが」
「もちろん捜索に当たって、通用口付近はしっかり見張る様に言っておいた。ただ、捜索前に逃げられてたら意味ないけどな」
「なるほど、通用口ですか」
ピーターは腕を組み、しばらく何かを考えていた後、
「ともかく、ここで捜索の結果を待たせて頂きましょう。じゃ、ナスターシャさんは、ここまでと言う事で。遅くまでご協力ありがとうございました」
ナスターシャの方を向いて、その任を解いた。
「よろしいんですか、私の人形達を使わなくても?」
「はい。ですが、お約束した報酬分は、レンダ家の方からちゃんと満額お支払いしますので、ご安心ください」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせて頂きます」
「表にレンダ家の車が待たせてありますから、そこまでご一緒しましょう」
そんなやりとりの後、ピーターとナスターシャがソファーから腰を上げる。
「お荷物をお持ちします。ナスターシャ様」
イングリッドがナスターシャの側に寄って、人形が入っている旅行鞄を受け取ろうとするも、
「いえ、結構です。自分の人形は出来るだけ自分で運ぶのが、人形使いですから」
と穏やかな口調で断られた。
「音楽家が自分の楽器が狂わない様に、出来るだけ手元に置いて持ち運ぶ様なものか」
エイジン先生が感心すると、
「ええ、プロの料理人が、店が火事になった時、真っ先に大切な包丁を持って逃げ出す様なものです」
やや天然ボケが入った事を、夢見る様な素敵な笑顔で言うナスターシャ。
やっぱり眠いのかもしれない。




