▼35▲ 料理のプロとアマチュア
「おかえりなさいませ、エイジン先生」
エイジンが小屋に戻ると、住人の意向を無視して完全に居付いてしまったイングリッドが、いつもの様に出迎えた。
「ただいま。もう、抗議する気も失せた」
「ご不満がおありでしたら、何なりと仰ってください」
「あんたは、『張り紙禁止』と書かれた張り紙か。存在自体が矛盾してるぞ。まあ、お世話係としての職務を言いつけられている以上、ここにいるのはやむをえない面もあるんだろうけどな」
「ガル家の名誉にかけて、最高のおもてなしをさせて頂いております」
「最低限の事だけやってくれて、後は放っておいてくれるのが、俺の場合最高のおもてなしなんだが」
「最低限の事だけして終わり、ではプロとは言えません。お夕食の支度が出来ておりますが、先にシャワーになさいますか? それともわた」
「夕食にするけど、頼むから、たまには自分で作らせてくれ」
何か不穏な事を言い掛けたイングリッドを制して、うんざりした顔で懇願するエイジン。
「何か味にご不満でも?」
「いや、プロだけあって悔しい位に料理は美味いが、そう何もかもやられると、一見楽な様でいて、逆に自由を奪われている様な気になるって事だ。レシピをもらっても試す機会がないし」
「では、こちらも妥協しましょう。エイジン先生と二人で一緒に料理を作ると言う事で」
「プロが横で見てるとやりにくそうだ。一々ダメ出しされそうで」
「お客様にその様な失礼な事は致しません。何があっても懇切丁寧にお手伝いさせて頂きます」
「本当か」
「はい。時々『チッ』と舌打ちしたり、つい『ハッ』と鼻で笑ったりしてしまうかもしれませんが」
「絶対あんたとは一緒に料理しないからな」
固く決意するエイジン先生だった。




