▼349▲ 優しく声をかけるだけで行動が伴わない男
「本当にあの二人の女の子がここへ来てると思う、エイジン?」
屋敷の前からガレージへと続く舗装された道を歩きながら、まだ半信半疑といった態のグレタが尋ねる。
「ああ、絶対来てる。あのピーターってオッサンの洞察力は侮れん」
その隣を歩きながら、断言するエイジン先生。
「もしガレージでジェーン嬢とテイタム嬢が見つかったとしても、お二人共一応名家のご令嬢ですので、確保に際して手荒な真似は控えてください、エイジン先生」
その隣を歩きながら、真顔で淡々とエイジンに釘を刺すイングリッド。
「まあ、名家のご令嬢にも色々凶暴なのがいるからな」
「どういう意味よ、エイジン!」
エイジンの当てこすりを鋭敏に察知し、吠えて抗議するグレタ。
「冗談だ。こっちの対応さえ間違わなければ、大人しく出て来てくれるさ」
手を伸ばしてグレタの頭をなで、大人しくさせようと試みるエイジン。
「対応を間違うと?」
なでられて大人しくさせられてしまったグレタが問う。
「咬みつかれたり、引っかかれたりして、中々捕まえられずに難儀する。獣医さんに無理やり連れて来られて暴れ回る犬猫みたいに」
「子供って結構パワーありますからね。では、どの様に対応したら良いでしょう?」
こっちもなでろ、とばかりに、ずい、とすり寄って、自分の頭をエイジンの方に傾けながらイングリッドが問う。
「警戒心の強い犬猫を呼び寄せる感じで、優しく声を掛けてやるのが基本だ」
イングリッドの行動をスルーして、問いにだけ答えるエイジン。
「意地悪しないで、イングリッドもなでてあげなさいよ!」
エイジンの背後に回って手を取り、無理やりイングリッドの頭に乗せるグレタ。
「ありがとうございます、お嬢様。それに引き換え、エイジン先生の気の利かない事と言ったら」
エイジンになでられながら文句を言うイングリッド。
「優しく声を掛けるだけで行動が伴わないと、女の子は説得出来ないわよ、エイジン」
「そもそも女の子を犬猫に例える所から間違ってますね。何様のつもりですか、エイジン先生」
「大丈夫だ。普段から犬猫に近い子供の扱いは慣れてるから」
犬猫に近い二人の大きな子供にペチペチと頭を軽く叩かれながら、エイジンはガル家の車が収納されている巨大な箱型のガレージの前にやって来た。
ガレージの横にあるドアからそっと入り、中の照明を点けてから、
「ガル家へようこそ、ジェーンお嬢様、テイタムお嬢様。さあ、そんな所に隠れてないで出て来てください。ささやかながら、心尽くしのおもてなしをさせて頂きます」
優しい声で呼び掛けるエイジン先生。が、反応はない。
「どうか、恥ずかしがらずに出てきてください、ジェーンお嬢様、テイタムお嬢様。美味しいスイーツでお茶にしませんか?」
ベタな誘拐犯よろしく、お菓子で子供を釣ろうとするエイジン先生。が、やはり反応はない。
「一つ重要な事を言い忘れていましたが、このガレージには手のひらサイズの巨大な蜘蛛が何十匹か巣食っておりまして、夜になると獲物を求めて床をウジャウジャ這い回るのでご注意ください。ほら、今も、車の下に一匹」
「いやあっ!」
悲鳴と共に、今日遊園地に行くのに使った車の下から、見覚えのある女の子がものすごい勢いで這い出して来た。
「落ち着いてジェーン、蜘蛛なんてどこにもいないわ」
続けてもっと幼い女の子が、後からもそもそと這い出して来る。
先に出て来たのがジェーン、後から出て来たのがテイタムだった。
「優しく声を掛けると見せかけて、相変わらずタチの悪い騙し方をしますね、エイジン先生」
エイジンの背後から、淡々とツッコミを入れるイングリッド。




