▼347▲ 小学生でも出来る車上荒らし入門
「車のトランクに潜り込むって事は、ピッキングが出来るって事だよな。何で小学生の女の子が、そんな特殊スキル持ってんだよ」
呆れ顔でツッコむエイジン先生。
「あの車に使われている鍵は、そう簡単にピッキング出来る代物でもないのですが。下手に工具を突っ込めば、鍵自体が壊れる仕様になっていますし」
横から反論するイングリッド。
「ご存知かも知れませんが、今時の車はピッキングじゃなくても、その手の機械さえあれば簡単にロックが解除出来るんです。金さえ出せば、それこそ小学生の女の子でも割と簡単に入手出来る機械でして」
もっさりした口調で不穏な話を続けるピーター。
「二人の人間がそれぞれキーと車両から出ている電波を中継して遠隔操作する、いわゆる『リレーアタック』ですか? 車を降りてからずっと、キーは電波を遮断するポーチに入れて持ち歩いていましたが」
イングリッドがさらに食い下がる。
「あまり大きな声じゃ言えませんがね、最近、電波を遮断する障壁を無効化するリレーアタック用の機械が、プロの車上荒らしの間で出回ってるんですよ。魔法を利用する装置を組み込んだ最新式のやつで」
「魔法、ですか? 対魔法セキュリティーも車には組み込まれていますが」
「そりゃ、魔法で車両本体に悪さをさせない様にする為のセキュリティーですよね? ところが、その機械は車じゃなくて、キーの入れ物の方にだけ悪さをするんです」
「ポーチの電波遮断機能だけを無効化するのですか?」
「はい、ポーチだけです。まあ、早い話がそいつを使われた場合、あなたのキーは電波を盗まれ放題の状態になる、という事ですな。当然、電波はダダ漏れになりますから」
「なるほど。それでもリレーアタックを行うには、二人の一方が車のトランクを開けている間、もう一方がキーを持っている私の近くにいなければなりません。ですがピーター様のお話では、駐車場には二人一緒に来ていた、という事でしたが?」
「あなたの近くに人間がいる必要はありません。キーの電波を盗み出して中継する機械さえ置いてあればいいんですから。防犯カメラの映像で確認したんですが、遊園地から帰る直前、あなた方三人は観覧車に乗りましたね?」
「はい」
「観覧車の隣り合うゴンドラ同士の間隔が約三メートル。その機械が電波を盗み出せる有効範囲が約十メートル。あなた方が乗っていたゴンドラの次のゴンドラに、どうにかして機械の片割れを置く事が出来れば、観覧車が一周する間、リレーアタックは十分可能です。例えば順番待ちをしている間、あなた方の次に並んでいる客のバッグの中に機械をこっそり放り込むとか」
「確かに、あの時の客はほぼバカップルしかいなかったから、バッグに何を放り込まれても気付かないかもな。イチャつくのに夢中で。それこそ毒蛇とか手榴弾とか入れられても気付かなそうだ」
バカップル暗殺を企むエイジン先生。自分だってある意味イチャついていた癖に。
「いやまったく時代は進歩しましたなあ。キーを持ってる人が近づくだけで車のロックが解除出来るんですからねえ。あたしが三十年近く乗ってるポンコツ車なんか、リモコンボタンすらなくて、こう、一々キーを差し込んで回さないと、ドアが開けられないってのに」
「そりゃ、かなりの年代物だな」
「キーを差し込んで回してもロックが中々解除されないんで、ある意味セキュリティー対策も万全ですよ」
「果たしてそれはセキュリティー対策と言えるのだろうか」
「ウチのカミさんは、『いい加減、買い替えよう』って言うんですがね。長年乗ってると、どうしても愛着が湧いてしまって――」
急を要する件と言いながら、関係ない話に興じるお茶目なピーター。




