▼344▲ 動物園から逃げた猿を刺激しない様に穏便に捕獲する作戦
「そんな訳で、あたしはムルナウパークの管理事務所の片隅で、他の従業員の仕事の邪魔にならない様に、しばらく防犯カメラの録画映像とにらめっこしてました。使ってないノートパソコンを貸してもらってね」
低いもっさりした声でピーターが説明を続ける。
「配属されたばかりで放置されてる肩身の狭い新入社員みたいだな」
どうでもいいツッコミを入れるエイジン先生。
「正にそんな感じでしたよ。でも、今は便利ですなあ。あたしが警察で新人だった頃は、ビデオテープを最初から、ウィーン、ガチャ、って一々確認しながら早送りしなきゃならなかったのが、今は好きな時刻の映像を一瞬で頭出し出来るんですから」
「ジェーン嬢とテイタム嬢が遊園地に到着する時刻は、逃げ出した時刻と列車の時刻表から大体割り出せるしな」
「はい。おおよそ午前九時から十時の間でした」
「俺達がムルナウパークに車で到着したのが十時少し過ぎだから、それより少し前だ。で、二人はその時間帯の映像に映ってたのか?」
「九時四十分頃の入口の防犯カメラの映像に、バッチリ映ってたのを確認しました。で、すぐにあたしは八方行き詰まってたレンダ家の捜索本部に連絡して、応援の捕獲要員をこっちに送る様に要請したんです。ざっと五十人ほど」
「子供二人捕まえるにしちゃ多すぎないか?」
「逃げられない様に、遊園地をまるごと包囲する必要があるんで」
「出入り口だけ固めて園内に捕獲要員を送り込めば、その半分以下で済むだろうに」
「相手は名家のお嬢様ですからね。なるべく事が公にならない様に、穏便に捕まえなくちゃならないんです。娘が家出したなんて事が世間に知れたら、外聞が悪いですから」
「そうかねえ。まだ小学生の子供がちょっと習い事をサボって遊園地で遊んだ位で、深刻なスキャンダルになるとは思えないが」
「ジェーン嬢の親御さんの一族でやってる銀行業はお堅いイメージが大切ですし。テイタム嬢の方も父親が政治家なもんで」
「子供にまで厳格な品行方正が求められてるのか。そりゃたまには羽目を外したくもなるわ」
「あたしもそう思います。ですが、こっちも仕事でね。せめて今日一日だけは思いっきり遊園地で自由に遊ばせてあげて、満足して出て来た所を大勢で取り囲んで、もう逃げられないと観念させた上で、『さ、お嬢様、帰りましょう』、って作戦です」
「優しいな。いきなり園内に踏み込んで、遊び呆けてる所を首根っこつかんで、『とっとと帰るぞ、オラ』、ってやらない辺り」
「園内に踏み込めない理由はもう一つあります。あたしらは皆、ジェーン嬢に面が割れてるんです。だから、こっちが近づくと向こうに気付かれる恐れがある。それで、『遊園地は既に包囲されてる』って勘付かれたら、どこか思いもよらぬ場所から逃げ出しかねない。何しろ相手は、ちっこくて賢くてすばしっこい動物みたいなもんですから」
「動物園から逃げ出した猿か。だが、そこまで配慮したにも拘わらず、二人を捕まえられなかった、と?」
「ええ、お恥ずかしい話で。管理事務所に五人ほど詰めかけて、出口と各アトラクションの防犯カメラをずーっと見張ってたんですがね。夜になって、いよいよ二人が出口から出たのを確認して、遊園地の内と外から捕獲体制に入ったのはいいんですが――」
ピーターは自分の額に手を当て、
「――いつまで経っても、外の待ち伏せ地点に二人がやって来ないんです」
そう言って、軽く首を横に振った。




