▼343▲ 家出少女と過労で壊れたサラリーマンが選ぶ逃亡先の違い
「で、どうしてその家出中のジェーンとテイタムが、このガル家に来ていると思ったのかしら?」
想像力が追いつかず、少しじれったそうにピーターに尋ねるグレタ。
「不審に思われるのも、ごもっともです。じゃ、最初から順を追ってお話しましょう。ちょっと長くなるんで、ま、座ってください」
ピーターの隣にナスターシャ、テーブルを挟んで反対側のソファーにグレタ、エイジン、イングリッドが向かい合う形で座り、
「今朝、会員制の高級スポーツジムにトレーニングに来ていたジェーン嬢が、お友達のテイタム嬢と一緒に脱走しましてね。お付きの人がちょっと目を離した隙に、トイレの小窓から出て行ったんです」
ピーターは世間話でもする様な口調で、事の顛末を語りだす。
「トレーニングウェアのままで?」
細かい事を気にするエイジン先生。
「いや、トイレの中で普通の服に着替えてからです。予め着替えを用意してたらしくて」
「やるねえ。トレーニングウェアのまま逃げると目立つからな」
「しばらくして、お嬢様に逃げられた事に気付いたお付きの人が、アワ食ってレンダ家に連絡すると、すぐにお屋敷の方で使用人達による私設の捜索本部が設置されました。それから少し遅れて、あたしにも召集がかかったんです」
「お抱え探偵と言っても、あんたは一応外部の人間なんだな」
「ええ、屋敷の外に住んでます。こんな風にいきなり呼び出される事は、めったにないんですけどねえ。で、聞いてみると、『どうやら、逃げた二人はスポーツジムから最寄り駅に直行して、そこで列車に乗ったらしい』って話で」
「どうして、二人が列車に乗ったと分かった?」
細かい事を気にするエイジン先生。
「ジェーン嬢の携帯の位置情報からです。つくづく便利な世の中になったもんですなあ。あたしが小さかった頃は、子供が自分用の携帯を持ってるなんて、SF映画の中の話ですよ」
「魔法が普通にある世界でも、携帯はなかったのか。ってか、SF映画はあったんだ」
「ですが、あたしは最初に話を聞いた時から、二人がその電車には乗ってない、と勘ぐってました」
「そりゃまた、どうして?」
「こんな周到な計画的犯行を企む子が、携帯の位置情報で自分達の居場所がバレる可能性に思い当たらない訳はないでしょう。大人を引っかける罠に決まってます」
「まあ、確かに」
「その後、レンダ家の捜索本部は鉄道会社に連絡して、その列車の車掌に二人の身柄を確保してもらうように頼んだんですが、案の定、見つかったのは連結部の隅に落ちてた携帯だけ。二人の姿はどこにも見当たらなかったそうです」
「大の大人が小学生のトリックにしてやられたって訳だ。捜索は振り出しに戻ったな」
「ところがどっこい、そのトリックが逆に手掛かりになったんです」
「手掛かり?」
「人ってのは逃げている時、自分の現在地を示す手掛かりから、出来るだけ遠ざかりたいって心理が働くもんなんです。この場合は囮に使った携帯ですな。その携帯にはなるべく近寄りたくない。だから、携帯が向かっているのと正反対の方向に逃げたくなるのが人情ってやつです」
「つまり、ジェーン嬢とテイタム嬢は、逆方向の列車に乗ったと?」
「はい、その通り。だからあたしは、最初から逆方向の路線沿いを地図で確認しました。お稽古ごとがイヤになって家出を図った、たんまりお小遣いを持ってる小学生のお嬢さんが、逃亡先に選ぶとしたらどこだろう、ってね」
「過労で壊れたサラリーマンだったら、人気のない海だな。もしくは自殺の名所」
「まだ人生始まったばかりの子供じゃ、そんな所は選びませんよ。もっと、こう、パーっと遊べる楽しそうな所です」
「普通に考えると遊園地か」
「そう、遊園地です。調べてみると、路線沿いで一番近くにあるのがムルナウパークでした。捜索本部が囮の携帯を追っかけてる間、あたしは逆方向にあるムルナウパークに行って、管理事務所で防犯カメラの映像を片っ端から確認させてもらう事にしたんです」
「そういう映像って、外部の人間に見せちゃっていいのか?」
「ムルナウパークはレンダ銀行の取引先ですからね。捜索本部の方から、お偉いさんにちょいと話を通してもらいまして」
「コネの悪用か」
「事は急を要するんです。これ位、いいじゃありませんか?」
悪びれる事なく、人懐っこそうな笑顔を浮かべるピーター。元刑事。




