▼340▲ 元悪役令嬢とフックの法則
日もすっかり暮れて、夕焼けの赤が宵闇の濃紺にあらかた塗り潰された頃、グレタ、イングリッド、エイジンの三人は遊園地の最後のシメとして、再び観覧車に乗りこんだ。
園内を幻想的に彩るイルミネーションと、その周囲に広がる光の粒の絨毯の様な街灯りを眺めてから、
「前のゴンドラでも後ろのゴンドラでも、カップルがしっかり抱き合ってるわね」
「やはり、若い男女が暗い場所で考える事は皆同じなのでしょう」
向かい側に座るエイジンに向き直り、じっと見つめるグレタとイングリッド。ご主人様の前にちょこんとお座りして、「おやつちょうだい」、と目で訴える二匹の飼い犬の様に。
「暗い場所で自動的に発情するバカップルには、この見事な夜景が目に入らないんだろうな。もったいない」
二人の訴える様な視線を無視して、ぷい、と首を横に曲げ、夜景に見入るエイジン先生。
「まず私がそっちに行くわ」
グレタが立ち上がってエイジンの隣に座ろうとするのを、エイジンも同時に立ち上がってその首根っこをつかみ、そのまま自分が座っていた場所へ、すとん、と落とし込み、
「ほら、二人共見てみ。ずっと屋敷の中で過ごしてたら見えない風景だぞ」
もう一方の手でイングリッドの首根っこも押さえ、二人の上体を強制的に窓の外に向けさせる。
「何するのよ」
「私達は猫ではありません、エイジン先生」
抗議しつつも、これはこれでかまってもらえたので満足げなグレタとイングリッド。
エイジンが二人の首根っこを押さえたまま、あちこち向きを変えている内に観覧車は一周し、今日一日遊園地を存分に遊び倒した三人は車で帰途についた。
「グレタお嬢様は寝てしまわれた様ですね、エイジン先生」
サングラスをいつもの眼鏡に戻して運転していたイングリッドが、後部座席に座るエイジンに声をかける。
「ああ、はしゃぎ過ぎて疲れたんだろ。俺の肩にもたれて、ぐっすり寝入ってる」
自分の右側に寄りかかって眠るグレタを見ながら答えるエイジン。
「今ならお嬢様に多少のイタズラをしても見逃して差し上げます。さ、どうぞ」
「ひでえメイドだな、おい」
「服の下に手を突っ込んで、無防備な柔肌をイタズラし放題」
「やかましい」
「流石に運転中なので、私の柔肌をイタズラし放題するのはちょっと控えてください」
「危険過ぎるわ」
「あ、でも、どうしてもと言うのであれば」
「いいから運転に集中しろ。疲れたなら、無理せずにどこかで休憩した方がいいぞ」
「ちょうど向こうにラブホが見えて来ました」
「その手前に軽食屋もガソリンスタンドもたくさん見えるんだが」
「私が運転中に眠りそうになったら、乳首をつついて起してください」
「ショックでハンドルをあらぬ方向に切りそうだな、それ」
「で、グレタお嬢様にイタズラしないのですか、エイジン先生? 寝ている今がチャンスですよ」
「あんたと俺がさっきからくだらない話をしてたから、グレタ嬢が起きちまったぞ」
グレタはエイジンの肩に頭をもたせかけたまま、少し目を開き、
「べ、別にエイジンだったら、私が寝ている間に、どんなイタズラしたっていいわよ」
その姿勢のまま、再び目をぎゅっとつぶった。絶対起きてる。
「じゃ、お言葉に甘えて」
エイジン先生は左手を伸ばして、軽くグレタの髪を撫で始めた。
寝たフリを続けようとしつつも、つい顔がにやけてしまうグレタ。
やがてエイジンの手はグレタの側頭部から垂れ下がった縦ロールを弄び始め、
「おお、伸びる伸びる」
ロールを下に目一杯引っ張っては、
「おお、戻る戻る」
手を離して、ロールがバネの様にボヨヨンと元に戻る様子を楽しむイタズラに熱中しだし、
「エイジン!」
ついに、たまりかねたグレタに怒られた。




