▼34▲ 戻れない道
グレタが午後の穴埋め作業を終える頃、再びエイジン先生が倉庫から戻って来た。
「グレタお嬢様は、まだ当分修行を投げ出すつもりはない様子です」
アランが良心の呵責に苛まれつつ、エイジンに小声で報告する。
「信じる者は救われないな。早く諦めれば楽になれるものを」
容赦ない言い草のエイジン先生。
やがて午前中に掘った穴を埋め終えた、泥まみれのグレタがエイジンの元にやって来て、
「終わったわ」
と報告したが、その表情にエイジンを疑う色は全くない。むしろ嬉しそうですらある。
「これで後四日ね。今から次のメニューが楽しみでしょうがない位よ」
グレタがそう言い残して稽古場にアンヌと戻って行くのを見届けると、エイジンは、
「あれが騙されている人間の姿だ。本人は幸せだが、事情を知っている者からすれば痛々しい事この上ない」
と身も蓋もない事を言う。
「確かにそうなんですが、もう少し言い方を和らげてあげてください。騙す側としてこんな事を言うのは、偽善もいい所かもしれませんが」
「まあ、言い過ぎたかもしれないな。だが、そもそも、グレタ嬢が邪悪な目的で俺を召喚したのが間違いの元だ。こうして俺達がお嬢様を騙しているのは、その邪悪を矯正する荒療治だと思えば、少しは気が楽になるだろ?」
「エイジン先生は、人を言いくるめるのが本当に上手いですね」
アランが半ば呆れた様に言う。
「でなきゃ、こんな事やってられねえよ。もっとも俺だって、幼少の頃には格闘漫画の大ウソに騙されて育ったんだ。倉庫で色々と読んでいたんだが、大人の目で見ると、まあ、よくもこんな事信じてたな、と笑いすらこみ上げて来たぜ」
悪びれた様子もなく笑うエイジン先生。
「で、今度はエイジン先生がグレタお嬢様を、そんな風に騙すんですね」
「お嬢様を騙すのは簡単そうだが、もっともらしく古武術のインチキ理論を説明している自分の方が、笑いを堪えるのが大変かもしれない。アランもアンヌも笑わない様に気を付けてくれ」
「大丈夫です。もう二人共、色々と笑えない状況ですから」
「俺はもう少しインチキ理論を詰めたいから、明日も倉庫に籠るよ。それとは別に、二人に少し手伝って欲しい事もある」
「もう、毒を食らわば皿まで、です。内なる良心の声に耳を塞いで頑張ります」
「その意気だ。最後までこの詐欺をやり抜こうぜ」
そんな邪悪な事を爽やかにエイジン先生に言われ、アランはもう自分が戻れない所まで来てしまった事に、改めて気付くのでした。




