▼338▲ 扱いの小さいジェットコースターと扱いの大きいベンチ
三人共バンジージャンプをつつがなくクリアした後で、
「私に偉そうにダメ出ししていた割に、エイジン先生本人は淡々と飛んでましたね」
「あんたの時と違って、後がつかえてたから仕方ないだろ。さっきの女の子が飛んでから、急に挑戦者が増えたからな。何事も『流れ』ってモノがある」
番組収録後のリアクション芸人の様な言い合いを始めるイングリッドとエイジンを、
「次はあれに乗るわよ!」
テンション高めの散歩中の子犬のごとくジェットコースター乗り場へと引っ張る、お笑い関連にそれほど興味のないグレタ。
乗り場の受付の横には、身長制限に引っ掛かるかどうかを判定する、
『ぼくよりせのひくいこは、このジェットコースターにのれません』
というお決まりのセリフが書かれた、遊園地のマスコットキャラクターの立て看板が置いてあり、小さな子供達が代わる代わるその前に立っては、背比べに忙しい。ちなみに身長制限ラインは百三十センチらしい。
「でも、あのマスコットキャラはいかがなものかと思う」
エイジンがぽつりとボヤくのも無理はない。その立て看板に描かれていたのは、擬人化した可愛い動物でもマンガチックなヒーローやヒロインでもなく、スキンヘッドにトンガリ耳、邪悪な目をかっと見開き、牙が覗く半開きの口からは一筋の真っ赤な血が滴り落ちており、だらんとたらした手の先から長く鋭い爪を伸ばした、黒いロングコート姿の顔色の悪い吸血鬼だったのだ。しかも昔の子供向け図鑑の挿絵っぽいリアルなタッチの絵で。
「ムルナウパークのマスコットキャラの一人で『ノスフェくん』だそうです。子供達に大人気だとか」
パンフレットを見ながら解説するイングリッド。
「この世界の子供達の感覚はよく分からん」
「エイジン先生の世界にも、不気味な外見にも拘わらず子供に大人気のキャラがいるじゃないですか」
「例えば?」
「色々な事にチャレンジする寝ぼけまなこの緑色の怪獣と、その相棒で血の様に赤く染まったモップの怪物などはいかがです?」
「あー、いたな、そういうの。確かにアレは子供にも大人にも長きに亘って大人気だが、人気のない夜道で向こうから歩いて来たら走って逃げたくなるかもしれん」
そんな異世界のマスコットキャラ事情について二人で話していると、
「私にも分かる話題にして!」
会話に加われなくて寂しいグレタが、キャン、と吠えたので、
「失礼しました。ではジェットコースターの話をしましょう。ラブコメで遊園地が舞台の時、記号的に必ずワンカットは描かれる花形アトラクションですが、絶叫だけであまり会話がないせいか、それほどストーリーには絡んで来ません」
主人に忠実なイングリッドはすぐに話題を変え、
「ラブコメで遊園地と言ったら、観覧車、お化け屋敷、ベンチの三つが重要かな」
エイジン先生もそれに追従する。
「ベンチ?」
きょとんとするグレタ。
「絶叫系アトラクションにやられてぐったりした彼氏か彼女かがベンチで休んで、もう一方が、『何か冷たいもの買って来るね』、とか言ってその場を離れるってパターンだ。一人になった所へ別の知り合いとばったり遭遇させれば、その後のストーリーを進めるのに便利だったりする」
「ああ、そういう事ね」
腑に落ちるグレタ。
「普通のデートでベンチと言えば、夜の公園でお盛んな若い男女が」
「だから、遊園地でいたいけな子供達の夢を壊す様な話題へ持って行くなと何度言えば」
ちょっと目を離すと暴走するイングリッドを抑えるのに気が抜けないエイジン先生。
「失礼しました。では、小さなアクシデントの連鎖によってジェットコースターの乗客が次々と事故死する有名なホラー映画を」
「いたいけな子供達が怖がる様な話題も控えてくれ、頼むから」
基本的に抑えようがないと言えばないのだが。




