▼337▲ はじめてのばんじーじゃんぷ
人形館を出たグレタ、イングリッド、エイジンの三人が次に向かったのは、遊園地のアトラクションにしてはほとんど飾り気のない、鉄骨を組んで作られた地味な塔だった。塔の上部には、海賊が裏切り者を目隠しして歩かせる板の様なジャンプ台が設けられている。
「この遊園地にはバンジージャンプもあるんですね。ラブコメでは外せないアトラクションです。是非挑戦しましょう」
そのジャンプ台を見上げながら、イングリッドが淡々と言う。
「いや、カップルの絡みが作れないからラブコメだと割と外されるポジションだと思う。どっちかと言うとバラエティー番組向きだ。もしかして、いつかあんたの事を、『バンジージャンプの直前に怯えて立ちすくむ子供』呼ばわりしたのを根に持ってるのか?」
イングリッドの意見に異議を唱えるエイジン先生。
「ええ、あれは割と傷付きました。性的な意味で」
「人聞きの悪い事を言うな。まあ、そっちの意味合いで揶揄した事は認める」
「私にセクハラした事を認めるのですね、エイジン先生?」
「あんたが普段俺にやってる事に比べたら、爆撃機に対抗する竹槍位の威力しかないと思うが」
「つまりエイジン先生の竹槍で私をセクハラ」
「やかましい」
「軽いメイドジョークです。それはともかく、私がバンジージャンプごときに怯えて立ちすくむ子供ではない事をお見せしましょう。貴重品を預かっていてもらえますか、エイジン先生?」
そう言って、落下する恐れのある貴重品とサングラスをエイジンに預け、
「では、先陣を務めさせて頂きます」
イングリッドは全く恐れる様子もなく、下の受付でハーネスを装着し、塔の内部のジグザグな階段をスタスタと上って行った。
やがてゴムロープを装着したイングリッドがジャンプ台に現れ、そのまま何のためらいもなく飛び降り、しばらく空中をボヨンボヨンと上下してから、下のウレタンマットに無事下ろされる。
終始毅然とした態度でバンジージャンプを終えたイングリッドの姿は、怖くて飛ぶ決心がつかずに塔の周りで二の足を踏んでいた他の客達に希望を与えたらしく、
「案外、怖くなさそうだな。よし、俺も行って来る!」
塔の下の受付には、すぐ十数人が群がった。
「いかがでしたか、エイジン先生?」
戻って来たイングリッドが、ドヤ顔でエイジンに感想を尋ねる。
「大した度胸だが、バンジージャンプに臨むリアクション芸人としては失格だ。もっと大げさに怯えて見せないと」
預かった品を返却しつつ、おかしな感想を言うエイジン先生。
「だから、どうしてエイジンは何でもお笑いに結び付けようとするのよ!」
そんなエイジンの態度に呆れるグレタ。
「せめてあの位はやらないと面白くない」
グレタの言葉をスルーして、エイジンが見上げる先には、
「怖えよ! これ、むっちゃ怖え!」
ジャンプ台まで到達したのはいいが、予想外の高さに委縮し、そこから一歩も動けなくなってしまった男性客の姿があった。
それを見て、下の受付で順番待ちをしていた客達も一気に我に返り、青ざめた表情でわらわらと塔から離れて行く。結局ジャンプ台まで行った客も、ギブアップして階段を下りて戻って来た。
ただ一人残った、胸に大きく攻撃ヘリのシルエットが描かれた白いTシャツにオリーブ色のショートパンツ姿の、十二歳位の気の強そうな女の子だけが、ハーネスを着けて塔の階段を上って行き、
「おお、根性あるな、あの子」
リタイア組が塔の下からその様子を見守る中、ついにジャンプ台に到達する。
しかし、ゴムロープを付けてもらった女の子は、そのまま一気に飛び降りるかと思いきや、急に腰砕けになってジャンプ台の真ん中で立ちすくんでしまう。遠目には分かりにくいが、少し膝もガクガクしている。
「あー、やっぱり怖いのか」
「そりゃそうだ。いざ飛ぶ段になって下を見ると、すごく高く見えるし」
「無理しないで引き返せばいい。大人だって怖くて引き返してるんだからさ」
と、その時、不意に、
「ジェーン! がんばってー!」
塔の下から十歳位の小さな女の子が、ジャンプ台に向かって甲高い声で叫んだ。察するに一緒に来ていた妹か友達の様である。
その声に勇気付けられたのか、立ちすくんでいた女の子はしゃんと立って、一歩、また一歩、ゆっくりジャンプ台の端まで歩き、一度深呼吸してから、
「アイ! キャン! フライ!」
決意の掛け声と共に空中へダイブ。ボリュームのある長い金髪がふわっと広がり、陽光を反射してまぶしく光輝いた。
キャーキャーと悲鳴を上げながら、空中をボヨンボヨンと上下した後、無事ウレタンマットに着地し、
「よくやった、お嬢ちゃん!」
「勇気あるなあ、えらい!」
「大人も顔負けだ!」
一部始終を見守っていたリタイア組から、温かい拍手が湧き上がる。
エイジン先生も拍手をしながら、イングリッドに、
「見たか、アレだよ。視聴者が求めてるモノは」
現実とバラエティー番組を混同した意見を述べた。
イングリッドは無表情でエイジンの顔をじっと真正面から見据えた後、ポン、とその肩に手を置き、
「エイジン先生。一つご忠告申し上げます」
「何だ?」
「ロリはいけません。ロリは」
大真面目な口調で言い放つ。
「そんな趣味はねえよ!」
「屋敷に戻ったら、私が裸ランドセルでも何でもして差し上げますから、合法ロリで我慢してください」
「人の話を聞け。てか、遊園地で合法ロリとか言うな」
「ま、まさか、エイジンが今まで私達に手を出さなかったのも、そっちの趣味が……」
グレタもグレタで大真面目にボケをかぶせて来たので、
「頼むから、遊園地に来ている無邪気な子供達の夢を壊す様な妄言は控えてくれ」
ストレートにツッコむ事しか出来ないエイジン先生。ハリセンを持って来なかった事を心底後悔していそう。




