▼336▲ 彼氏持ちを不安にさせる人形使い
人形劇が終わり、観客席から割れんばかりの拍手喝采が巻き起こる中、
「結局最初から最後まで、エイジンはずっと小声で文句を言い通しだったわね」
上演中ずっと、エイジンの右手と自分の左手を恋人つなぎにしていたグレタが、あきれた様にそう言うと、
「よほど、この人形劇がお気に召した様ですね、エイジン先生」
上演中ずっと、自分の右手でエイジンの太ももを執拗に撫でさすり続けていたイングリッドも、それに呼応して言う。
とりあえずグレタとつないでいた手を離し、イングリッドの手を太ももの上から追いやった上で、
「ああ、子供向けも意外と侮れないな。俺の世界の偉大なギャグ漫画家も、『思わずツッコみたくなるボケは、キレのいいボケ』と言ってるが、この人形劇が正にそれだ。どこを取ってもツッコミ所が満載で、退屈する暇がなかった」
微妙に失礼かもしれない称賛を口にしつつ、自分も拍手の輪に加わるエイジン先生。
しばらくして幕が再び開くと、舞台にはポラン王子とソーニャ姫を始めとして、大魔王コッポラやその手下のモンスター、姫が従えていた侍女と剣士など、劇に出演した全ての人形がずらりと並んでおり、その中央に黒いローブ姿の細身の若い女が立っていた。
女はまだ二十歳そこそこ位。ゆるいウェーブがかかった薄茶色の髪を、やや控えめな胸元まで垂らしており、どこかあどけない少女の様な端正な顔立ちでありながら、物憂げな半開きの目と少し厚ぼったい唇からは強力な色気が感じられる。
男性の観客達は思わず彼女に見惚れ、
「なんかエロい」
「イタズラしたい」
「一度お願いしたい」
などと流石に言葉には出さないものの、その直球な欲望が露骨に表情に表れてしまい、
「何、いやらしい目で見てるのよ!」
それを目ざとく察知した妻や恋人から、つねられたり耳を引っ張られたり肘鉄を食らわされたりしていた。
「あの女が人形を操ってた魔法使い? 結構きれいな子じゃない」
「特に誘惑してなくても、性犯罪者を引き寄せるタイプですね、アレは」
グレタとイングリッドがそんな感想を言い合いつつ、エイジンを横目で、ちら、と窺うと、
「何だか疲れた顔してるが、無理もない。あれだけのネタを寸分の隙もなく見事に演じきった後だからな」
エイジン先生は、いい仕事をしたお笑い芸人を見る目で、舞台の上の魔法使いを見ていた。
少し安心したものの、何となく釈然としない感が残る様子のグレタとイングリッド。
そんな風にあちこちから色々失礼な目を向けられながらも、当の魔法使い本人は特に気にする風もなく、
「人形使いのナスターシャ・キーロックです。今日は私の人形劇をご覧頂き、本当にありがとうございました。人形達も皆さんに感謝しています」
周りの人形達と一緒に、ぺこり、とお辞儀をして、観客からもう一度盛大な拍手をもらっていた。




