▼334▲ 暗黒舞踏と眠り姫
「ふはははは、王子、死ねええええ!」
何だかものすごく楽しそうなハイテンションの大魔王コッポラが、片手で持った剣を大きく振りかぶり、その格好のまま観客席の上空から舞台に向かって斜めに急降下を始める。
目指す先は、巨大な粉入り風船を、円軌道のレール上を高速で周回する針付き鉄道模型に割られない様、ソーニャ姫の頭上で支え持つポラン王子。
王子は両手が塞がっているので、このままでは大魔王の剣の一振りで、支え持っている風船もろともぶった斬られてしまう。
しかし、この期に及んでもなお、なぜか風船を一旦床に置くという選択肢はないらしい、融通の利かない王子。
「死ぬのはお前の方だ! 大魔王!」
ポラン王子はそう叫ぶと、風船を両手で持ったまま、鉄道模型が周回しているレールを下から勢いよく蹴り上げた。
蹴られた部分のレールがぐにゃりと盛り上がり、即席のジャンプ台が出来上がった所へ鉄道模型がタイミングよく突っ込み、急降下して来た大魔王めがけて地対空ミサイルの様に発射される。
「ぐはぁっ!」
そのまま鉄道模型は大魔王の額へ正面衝突。もちろん先端には針が付いている。痛そう。
「バ、バカな……大魔王コッポラたる我が……こんな情けない最期を迎える……とは」
確かに死因が「鉄道模型と正面衝突」とは情けない。葬式の参列者も笑いをこらえるのに大変だろう。
急降下が一瞬止まった後、空中で大爆発する大魔王コッポラ。
「やったぞ!」
大魔王を倒したポラン王子は、ようやく支え持っていた粉入り巨大風船を元の置き場所に戻し、
「姫、すぐにお助けします」
その下で玉座に縛り付けられているソーニャ姫に優しく笑いかけるが、
「王子、上、うえええええっ!」
姫は恐怖に顔を引きつらせ、王子に何かを伝えようと必死に叫ぶ。
「上!?」
王子が上を見上げた瞬間、爆発と共に遥か上空に吹き飛ばされていた大魔王の剣が、ちょうど風船を直撃する様に落下。派手な、バンッ、という破裂音と共に盛大に割れる風船に、観客達もびっくり。
幸い、剣は姫に当たらず、ぐるぐる巻きにしていたロープを切って、玉座のすぐ後ろの床に突き刺さったものの、姫は割れた風船の中身の白い粉をモロにかぶってしまい、まるで暗黒舞踏を踊る人の様に真っ白けっけになってしまった。
「大丈夫ですか、姫!」
「ゴホッ、ゴホッ……いけません王子……ゴホッ……私に近寄らないで……ゴホッ……あなたまで魔法の白い粉にやられて……ゴホッ、ゴホッ……眠ってしまいます……ゴホッ」
魔法の白い粉にむせまくりながらも、近寄ろうとする王子を制止するソーニャ姫。苦しそう。
「とにかく、この粉を何とかしなければ! あ、あんな所に水がたっぷり入ったバケツが!」
王子は玉座の間の片隅に都合よく置いてあった水入りバケツを取って戻って来ると、姫が閉じ込められている円筒の上からその中身を、ざばあ、とぶっかけた。
白い粉はきれいに落ちたものの、ずぶぬれになってしまったソーニャ姫。正に踏んだり蹴ったり。
王子は円筒の中にひらりと飛び込み、ずぶぬれの姫を文字通りお姫様抱っこで抱えてから、またひらりと外に飛び出した。
「姫、もう大丈夫です! さあ、一緒に城へ帰りましょう!」
「王子……私……何だか眠くなって来たわ……」
「まさか、魔法の白い粉が!? 全部洗い流したのに!」
「一度浴びてしまうと……ダメみたい……私はこのまま永遠に眠るのね……」
「しっかりしてください、姫!」
「眠る前に……王子に言っておきたい事があるの……」
「何でしょう?」
「私……王子のプロポーズを……お受けしま……す」
それを最後にソーニャ姫は目を閉じ、安らかな寝息を立て始めた。
「ああ、ありがとうございます、姫! そのお返事を心から待っていました!」
王子は姫をそっと床に横たえ、
「目を覚ましてください、姫! 私と結婚してくださるのでしょう!? 起きて、いつもの様に微笑みかけてください、姫!」
涙目で必死に呼びかけるものの、ソーニャ姫は眠ったまま目を覚まさない。
ついさっきまでのドタバタ感は消えて、劇場内はシリアスな空気に包まれ、観客席のあちこちから時折クスンともらい泣きする様な音も聞かれる。
「俺なら姫にもう一度バケツの水をぶっかけてみるね」
空気を読まず、小声でしょうもない事を呟くエイジン先生。




