▼33▲ 騙される者と騙す者
「エイジンはどこへ行ったの?」
昼の休憩時、泥にまみれた赤いツナギ姿のグレタが、小テーブルの上に置かれたサンドイッチに手を付ける前に、ふと気付いて問う。
「異世界関連の物が収納してある倉庫です。今後の修行に必要な参考資料を調べているそうです」
言葉を選んで答えるアラン。まさか、「エイジン先生は倉庫に引き籠って、ずっと格闘漫画を読みふけっています」、などとは言えない。
「そう。ああ見えて、案外しっかりと修行の事は考えてくれているのね」
グレタは微かに笑みを浮かべる。
「はい。エイジン先生は、お嬢様の前ではぶっきら棒に振舞っていますが、今後の修行については、色々と心を砕いている様子でした」
「弟子には甘い顔を見せないつもりなのね。夕べもエイジンの所に行って、色々古武術について聞こうとしたのだけれど、『今それを知る必要はない』、の一点張りで追い返されたわ」
「エイジン先生にはエイジン先生のお考えがあるのでしょう。ですが、『古武術の修行は一見無害に見えるが、その実非常に危険なものだから、お嬢様が無理をしている様であれば、手遅れにならない内にやめさせた方がいい』、とも心配していました。ですから、どうか、少しでも辛いと感じたのであれば、すぐに修行をやめて頂く様にお願いします」
さりげなく嘘をついて、グレタの決意を弱めようと企むアラン。
「随分と見くびられたものね。このグレタ・ガル、あの泥棒猫と裏切り者に古武術で天誅を下すまでは、どんなに辛い修行にも耐え抜いて見せますわ」
手の甲を口の下の辺りに持って行き、オーホッホッホ、と悪役令嬢笑いをするグレタ。
アランとアンヌは顔を見合わせ、
「どんなに辛い修行をしても、この先絶対古武術は習得出来ないんだけどね、アンヌ」
「お嬢様を騙していると思うと胸が痛むわ、アラン」
言葉には出さず、アイコンタクトで意志疎通する。
こうして純朴な二人がグレタを騙している事をものすごく申し訳なく思っている一方で、エイジン先生は格闘漫画を夢中になって読みふけっていた。
人を騙すのに必要なのは、図太い神経である。




