▼329▲ リピーターの多いお化け屋敷
「ラブコメで遊園地と来れば、お化け屋敷も絶対外せませんね。暗がりを歩きながら、『いやーん、こわーい』などと女が棒読みしつつ、ここぞとばかりに男の腕に胸を押しつけるのは、もう伝統芸能の領域です」
イングリッドの無駄に偏った解説を聞かされつつ、グレタとエイジンはお化け屋敷へと向かう。
「他にも、彼氏とはぐれてしまった彼女がお化け役の男に凌辱されてしまったり、一人で肝試しにやって来たショタがお化け役の痴女に逆レされてしまったり」
「それ絶対ラブコメじゃねえぞ。ってか子供達が一杯来てる所でそんな事言うなよ」
イングリッドの妄言にツッコミを入れざるを得ないエイジン。
「大丈夫です。ちょうど別の場所で人形劇が始まる時間なので、子供はこちらにはほとんど来ていません」
「人形劇?」
「この遊園地では、人形の扱いに長けた魔法使い達が、交代で一時間ごとに人形劇を行っているのです。子供にはお化け屋敷よりずっと魅力的なのでしょう」
「これよ、エイジン。『人形館』って所。次の公演の時間になったら、私達も行ってみましょうよ」
手にした園内マップを指差しながら、グレタもエイジンに説明する。
「ともあれ、今はお化け屋敷です。空いている様ですし、思う存分イチャつきまくりましょう」
「お化け屋敷の立場ねえな」
お化け屋敷をお化け屋敷とも思わないイングリッドに導かれるまま、ホラー映画に出てきそうな古い洋館風の建物に、一行は足を踏み入れた。
内部は薄暗く、天井から明るさ控えめの照明がぼんやりと照らす通路を、
「なあ、この態勢は非常に歩きにくいんだが」
警官に連行される凶悪犯よろしく、右腕をグレタ、左腕をイングリッドと、両腕をがっちり抱え込まれた状態で歩かされるエイジン先生。
「大丈夫よ。通路の幅は広いから」
「そっちじゃない」
幸せそうな笑顔でボケるグレタに、真顔でツッコミを入れるエイジン。
「子供向けということもあって、怖さは控えめですね」
「いや、あれはちょっと怖すぎるだろ」
通路の向こうから首のないメイドがゆっくりとこちらへ歩いて来るのを見ながら、各々の意見を述べ合うイングリッドとエイジン。
やがて首なしメイドはエイジン達の手前でピタリと止まり、
「クビ……クビヲ……チョウダイ……」
両手を前に差し出しながら、物悲しげな若い女の声でエイジン達に訴えた。
「どういう仕掛けになってんだ、これ。どう特殊メイクしても、胴体に首を引っ込めるスペースはなさそうだし」
「魔力で動く等身大の人形です。おそらく、こちらの出方次第で反応が変わるタイプですね。試しにスカートをめくってみましょう」
イングリッドはエイジンから腕を離して少し屈みこみ、首なしメイドが着ているエプロンドレスのスカートの裾に手をかけ、そのままためらう事なく一気にめくり上げた。
一瞬、黒いレースのショーツとガーターベルトと網ストッキングを装着している下半身が丸見えになり、
「いい趣味してますね」
イングリッドが冷静に批評すると、首なしメイドはめくり上げられたスカートをあわてて手で押さえつけ、
「イタズラハ……ホドホドニシテクダサイネ……オキャクサマ」
消え入りそうな声で恥ずかしげにそう言って、くるっと背を向け、元来た方へ足早に逃げて行く。
「エイジン先生、すぐにアレを追いかけて、後ろから胸を激しく揉みしだいてみてください。どんなリアクションをするのか試してみましょう」
「面白そうだな。よし、やってみるか」
イングリッドのしょうもない提案に従い、首なしメイドの後を追いかけようとするエイジン先生を、
「やめなさい、エイジン!」
その右腕をぎゅっと抱きしめて阻止するグレタ。
「何で? 生身の人間ならともかく、相手は人形だぜ?」
「たとえ人形でも、エイジンが私とイングリッド以外の女にそういう事するのはイヤなの!」
「では、もう一度私が行って来ます」
痴話喧嘩を始めるエイジンとグレタを尻目に、イングリッドがダッシュで首なしメイドの後を追うものの、背後から抱き付いた瞬間、首なしメイドはイングリッドの腕の中から忽然と消えてしまう。
「無念です。瞬間移動魔法で逃げられました」
「惜しいな、もっと色々イタズラして反応を楽しみたかったのに」
「エイジン!」
イングリッドは咎めず、エイジンの方にだけ怒るグレタ。
後で調べた所、この首なしメイドは怖がったり不埒な狼藉を働いたりするとすぐに消えてしまうが、怖がらずに優しく接してやれば、その後はガイドとして出口まで付き添って案内してくれるらしかった。
口説き方次第では手をつないだり腕を組んでくれたりもするので、一人で来ている男客に非常に受けが良く、彼女目当てのリピーターもかなり多いらしい。
リピーターは口を揃えて「女は顔じゃない」と言い、「いや、そういう意味じゃないだろ」とツッコミを入れられる事もしばしばであるとか。




