▼324▲ 耳元で響く喘ぎ声
その後グレタは、自分が犬扱いされる不名誉なゲームを修正したい一心で、ノベルゲーの基本を短時間で習得し、逆に「エイジン」という名前の男に犬の芸をさせるだけのゲームへの改変に成功した。
「じゃあ、今日はここまでだ。続きはまた明日」
その改編後のゲームを無理やりやらされた後で、淡々と言い渡すエイジン先生。
「え、もうそんな時間?」
思わず稽古場の壁に掛っている時計を見上げるグレタ。
「ゲームを作ってると時間が経つのがやたら早いんだ。ま、初日にしては上出来だ」
グレタの頭をよしよしと撫でてやるエイジン先生。撫でられているグレタは、結局自分が犬扱いされていると知りつつも、顔がにやけるのを止められない。
すぐに通常トレーニングの時間になり、アンヌと入れ替わりに稽古場を出たエイジンが小屋に戻ると、
「おかえりなさいませ、エイジン先生」
白と赤を基調色とするセーラー服を大胆にデフォルメしたと思しき、これでもかと言う位スカート丈が短い、カラフルでヒラヒラな衣装を着たイングリッドが恭しく出迎えた。
「ただいま。今日はいかにもクールジャパンな衣装だな。見た目が外人コスプレイヤーっぽい」
「今日からグレタお嬢様とエロゲーを作ると聞きましたので、学園もののエロゲーにありそうな制服を用意しました」
「エロゲーじゃねえよ。まあ、エロゲーもノベルゲーと言えばノベルゲーだが」
「エイジン先生の世界ではこんな格言があるそうですね。『それなんてエロゲ?』」
「それは格言じゃなくて、十数年前に流行ったネットスラングだ。当時エロゲーは隆盛を誇っていてな。どのネット掲示板に行っても、エロゲキャラのAAがベタベタ貼られていたもんだ」
「終わってますね、エイジン先生の世界」
「そんな格好をしてる奴に言われたくないわ。もっとも、今のエロゲー業界は見る影もない有様だが。AA文化もかなり廃れたし。それと、『ノベルゲー』イコール『エロゲー』じゃないからな。ミステリーとかホラーも結構頑張ってる」
「そういう建前を言いながら、本音ではエロゲーを作りたいのですね」
「いや、グレタ嬢は『ヒロインの危機をヒーローが救うお話』をご所望だから、その方向で行く」
「つまり、危機を救った直後にヒーローとヒロインが濃厚なエロシーンに突入するゲームを」
「エロゲーから離れろ」
「ヒーローがヒロインに言うんですね。『ここか? ここがええのんか?』と」
「そんな事言うヒーローには絶対救われたくない」
「セクシーボイスは私の声を提供させて頂きます」
「いらん」
「複数ヒロインのセクシーボイスが必要とあれば、ガル家のうら若きメイド達から志願者を募りますが」
「セクハラで集団訴訟されるからやめろ。公になったらガル家の恥だ」
「では、エイジン先生のセクシーボイスで手を打ちましょう」
「打つな。自分の声なんて、想像するだけで鳥肌が立つ」
「そんな事はありません。試しに私の耳元で甘く囁いてみてください。『愛してるよ、イングリッド』と」
そう言って、イングリッドはエイジン先生の方に歩み寄り、ずい、と右耳を突き出した。
エイジン先生は無言でその耳に、ふっ、と息を吹きかける。
「ひゃぅっ!」
おかしな悲鳴を上げて右耳を両手で覆いながら、その場にしゃがみこむイングリッド。極端なミニスカートなので水色と白の縞々パンツが丸見えである。
「ボイス無しで作る予定だから、何もしなくていいぞ」
しばらく立てずにいるイングリッドを放置して、自分の部屋に向かうエイジン先生。




