▼320▲ 最後の仕上げに描くモノ
軽いパニックに陥ったアランを何とか落ち着かせる事に成功したエイジン先生は、倉庫を出て稽古場に赴き、修行という名目で早くイチャイチャしたくてたまらない状態のグレタに、遅れた事情を説明した。
「そんな訳で、万が一アラン君がアンヌとの結婚前にパパになったら、給料を少し上げてやってくれないか。もっとも、あの真面目な男の事だからヘマはしないと思うんだが」
「もちろん、いいわよ。でも、仮にもおめでたを『ヘマ』って言い方するのは、ちょっと失礼じゃない、エイジン?」
了承しつつも、少し非難がましい口調になるグレタ。おそらく頭の中で、晴れてエイジンと結婚してママになった自分を妄想しているものと思われる。
「俺達の世界の格言に、『注意一秒、ガキ一生』ってのがあってな」
「エイジン!」
「冗談だ。動揺するのは責任感がある証拠だから、あの二人は心配ないさ。そんな事より、五式戦闘機を完成させようぜ」
「アランとアンヌの幸せより、プラモデルの方が大事なの?」
グレタは戦闘機のプラモデル製作より、アランとアンヌの恋バナについてもっと話したがっている様子だったが、
「あいつらは今十分幸せなんだから、万が一の時の経済支援だけ約束してやりゃ十分さ。それに、プラモ製作だってれっきとした修行だ」
エイジンは勝手な理屈を並べて、にべもなくそれを拒否。
「何か釈然としないんだけれど」
渋々プラモデル製作を開始するグレタ。
「これが完成したら、旧日本陸軍の単座戦闘機は一通りコンプリートね。次は何を作るの? 旧日本海軍機?」
「いや、プラモ製作は一旦終了して、別のあそ、修行に取り掛かる」
「今、『遊び』って言おうとしたわね、エイジン」
「遊びも修行だ」
「何でも『修行』って言えばいいと思ってない?」
「お、そう言えば、この前俺が作ったMiG-15に、最後の仕上げをするのを忘れてた」
「エイジン!」
グレタの問いかけをスルーして、エイジン先生は稽古場の隅の棚に飾ってあった、銀色に輝くMiG-15のプラモデルを取りに行き、それを持って作業中の小机まで戻って来ると、
「普通、MiGに描かれてる撃墜マークは赤い星なんだが、せっかくあの『超空の要塞』B-29を撃墜したんだからな」
キャノピー部分のすぐ左下に赤の細先ペンで、B-29と思しき爆撃機のシルエットを一つ、機首を下向きにして小さく描き加えた。簡単に言うと「士」の字をひっくり返した形に似ている。
「一つだけ? 撃墜マークなら、もっと一杯並べて描いた方が強そうじゃない?」
グレタが尋ねると、
「一機でたくさんだよ。あんな厄介な奴の相手をするのは」
エイジンはそう答えて、力なく笑って見せた。




