▼32▲ 楽しい職場放棄
翌朝、稽古場に向かう途中、昨晩のグレタの訪問からイングリッドの夜這いに至るまでの一部始終をエイジン先生から事細かに聞かされて耳まで真っ赤になるアラン。
「まさか、あのイングリッドがそんな事を」
同じガル家の使用人であり、普段からその女教師然とした真面目な働き振りを見ているアランにとって、トップレスでエイジンに迫る姿などとても想像出来ないのだが、ついうっかり想像してしまったらしい。
「事実だ。いちいちエロ仕掛けを絡めて来るのは、こちらが上に訴えにくくするのと、エロに釣られて手を出すのを狙っているんだろうが、悲しいかな、エロはあっても色気がない。もはやただの変態になってる」
たいして面白くもなさそうにエイジンが言う。
「いや、でも、イングリッドはかなり美人でスタイルもいいのに、全く心動かされないエイジン先生も凄いと思いますが」
「じゃあ、アンヌに聞いてみようか。『アラン君が、イングリッドに色仕掛けで迫られたら心動かずにいられない、と言っているんだが、どう思う?』、って」
「絶対やめてください。色々誤解されて怒られます」
今度は真っ青になるアラン。将来、恐妻家になる事間違いなし。
「冗談だから、そんなに怯えるな。変態メイドはいずれどうにかするとして、差し当たってグレタ嬢の方が問題だ。この修行が終わるまでに、色々と古武術の詳細設定を考えなきゃならん」
「『黙って言われた通りに修行しろ』、で押し通す訳にはいかないんでしょうか」
「修行二日目にして俺の所に色々聞きに来る位だから、一週間経ったらもっと疑惑が深まるに違いない。ある程度は古武術の理論を納得させておかないと、こっちの計画に支障が出る」
「でも、エイジン先生は、古武術どころか普通の武術についても何も知らないのでしょう」
「だが、格闘漫画なら幼少の頃からずっと読んでいる。そこに出てくる武術知識を総合すれば、それなりの形になるはずだ」
「格闘漫画、ですか」
「そんな訳で、今日はあの倉庫で参考になりそうな格闘漫画を読み漁るつもりだから、グレタ嬢はアランとアンヌの二人で見ていてくれ。もしグレタ嬢が修行をサボっていても、見て見ぬフリするんだぞ。サボりはギブアップの前兆だから、上手く行けば一週間を待たずに、向こうの方から音を上げて諦めてくれるかもしれない」
そんな訳で修行三日目、エイジン先生はグレタが穴掘りを開始したのを見届けると、後の事はアランとアンヌに任せ、自分は格闘漫画を読む為に倉庫へと行ってしまう。
「よく考えたら、これって職場放棄じゃないかな」
サボる様子もなくせっせと穴を掘るグレタを見ながら、アランがぽつりと呟いた。




