▼319▲ 十分な給料と余暇
アンヌとの一週間のイチャラブ旅行を終えてガル家の屋敷に戻って来た翌日、アランはいつもの様にエイジンに例の倉庫に呼び出され、不在中に起きた事件について説明された後、山小屋へ向かう途中で撮った、グレタ、イングリッド、エイジンの三人が写っている写真を携帯で見せられ、
「皆さんがリュックに差しているこの白い棒って、畳んだハリセンだったんですか。一体何かと思いました」
割とどうでもいい感想を述べた。
「ああ、俺がハリセンを一つ作ったら、グレタ嬢とイングリッドが、『エイジンだけハリセンを持ってるのはずるい』、『不公平です』、と喚きだして、結局二人の分まで作らされた。その結果がこのポスターサーベル三連星だ」
呆れた口調でその時の状況を説明するエイジン先生。
「ポスターサーベルって、前にエイジン先生がコスプレしてたアレですね」
「動き易い服装といい、リュックといい、山歩きの装備とオタファッションは結構似てるかもな」
「山ガールが聞いたら嫌な顔をするでしょうね」
「それ以前にもう死語だろ、山ガール。山歩きが好きな女子はまだ結構いると思うが」
エイジンはそう言って、携帯をしまうと、
「以上が、愉快犯系悪役令嬢ことマリリン嬢が俺に仕掛けて来た、しょうもない騙し合いゲームの顛末だ。何とか一日で終わらせる事が出来たから、これについてはもう懸念すべき問題は何もない」
今回の件の説明を締めくくった。
「旅行中少し心配だったんですが、その必要は全然なかったんですね。騙し合いならエイジン先生の得意分野ですから」
「簡単に言うけどな、一歩間違えば、一生『マリリン様の命令はぜったーい!』な状態にされてたんだぞ」
「ヘルモードにも程がある王様ゲームですね。私なら絶対やりたくありません」
「俺だってやりたくてやった訳じゃねえよ。でも、もしアラン君がそんな風にマリリン嬢の下僕にされたら、間違いなくアンヌは発狂するな」
「おぞましい地獄絵図を想像させないでください」
想像してしまったのか、青くなって身震いするアラン。
「で、どうだった、アンヌとの旅行は? 楽しかったか?」
「はい、おかげ様で!」
一転して満面の笑みで答えるアラン。おそらくエイジン先生が巻き込まれた事件など、一瞬で楽しい旅行の思い出に塗り潰されてしまったに違いない。
「最近、アンヌも色々気苦労が絶えなかったからな。主にアラン君の浮気疑惑絡みで」
「浮気なんかしてません! でも、疑心暗鬼でアンヌがピリピリしてたのは事実で、ようやく今回の旅行で機嫌を直してくれて助かりました」
「そいつは何よりだったな。さぞやバカップルな旅行だったんだろう。昼も夜も」
「ええ、まあ、その。本当に一生ものの、いい思い出になりました」
顔を赤らめつつ頭をかくアランの前で、エイジン先生はパイプ椅子に座ったまま大きく伸びをして、
「だが、一難去ってまた一難。その内、またすぐに次の厄介事がやって来る。だから、休める時は思いっきり休んでおいてくれ」
吞気な口調でちょっと不穏な事を言う。
「また、何か起こりそうな気配でも?」
「いや、とりあえず今は至って平和だ。戦闘機のプラモデルをのんびり作れる位には。ただ」
「ただ?」
「アンヌに子供が出来てたら、一騒動かもな」
「なっ……!」
「お前がパパになるんだよ」
「やめてください! いえ、その、嫌という訳じゃなく、いずれはそうなりたいですけど。まだ早いと言うか、しっかり着けてたし、十分注意してたから大丈夫……でも万が一そうなったら、ちゃんと責任は取るつもりで……」
「落ち着け、冗談だ。そんな今にも死にそうな顔をするな」
「もし、もし、そうなったら、給料を上げてくださる様、グレタお嬢様にエイジン先生からもお願いしてください! 今まで以上に一生懸命働きますから!」
「分かった、分かったから落ち着け。目がマジになってるぞ、お前。からかって悪かった」
「て言うか、早くお嬢様達と結婚してフナコシ家を創設して、私を重役に取り立ててください、エイジン先生!」
「どさくさにまぎれて何を言ってるんだ、お前は!」
婚姻率及び出生率アップの鍵は、労働者に十分な給料と余暇を与える事である。




