▼316▲ 金持ちのお嬢様の鷹揚な感覚
「せっかく来たんだから、何かして遊びましょ? ポーカーならアーノルドも一緒に出来るわね」
「いや、入院中位きちんと静養させてやれよ。『今はケガを治す事に専念しろ』って、言ってやったんじゃなかったのか」
流れる様に見舞客と遊ぼうとするマリリンにツッコミを入れ、
「マリリン様がお望みでしたら、すぐに売店でトランプを購入して来ます」
「だからあんたは大人しくしてろっての!」
何も考えずただマリリンの命令に盲目的に服従しようとするアーノルドにも、追加でツッコミを入れざるを得ないエイジン先生。
「ポーカーをするだけなら、足首のケガに影響はないんじゃないかしら?」
無邪気に問うマリリン。
「確かにそうかもしれないが、痛み止めが効いてるとは言え結構重症なんだから、今日はそっとしてやってくれ」
「じゃ、アーノルドはベッドに寝かせておいて、その横でエイジンさんとサシで勝負ね」
「鬼かあんた。大事な部下のお見舞いに来てるんじゃなかったのか」
「うふふ、冗談よ。それに、その格好からすると、エイジンさんはこの後どこかへ遊びに行くんでしょ?」
改めてエイジンの服装に目をやれば、上はライトグリーンのマウンテンパーカー、下はグレーのトレッキングパンツにダークブラウンのトレッキングシューズという、「これからちょっと山へ行って来ます」と言わんばかりの分かり易い姿であった。
「ああ、昨日の話をしたら、俺の雇い主とそのメイドが『自分達も山歩きがしたい』と言いだしてな。俺は二日連続で山歩きさせられる羽目になっちまった」
肩をすくめておどけて見せるエイジン先生。
マリリンは軽く握った手を口元に当てて、くっくっ、と笑いながら、
「私への対抗意識かしら? その二人には悪い事をしちゃったわね」
全然悪い事をしたとは思ってないのが丸分かりな口調で言う。
「で、モノは相談なんだが、昨日の山道を使わせてもらってもいいか? あそこは一応ローブロー家の私有地なんだろ?」
「しかも同じ所を歩きたがるなんて、可愛いじゃない。もちろん、いいわよ」
マリリンは病室の隅にあるロッカーを開け、中に置いてあった自分のハンドバッグから鍵を取り出し、
「よかったら、あの山小屋も自由に使ってちょうだい。元々エイジンさんと泊まる予定だったから、食料品も十分用意してあるわ。何なら泊まってもいいわよ」
エイジンに、ぽい、と放り投げた。
「太っ腹だねえ。流石、金持ちのお嬢様」
鍵を片手でキャッチして返答するエイジン。
「山小屋を出る時は、戸締りをした後、玄関の横に伏せてある植木鉢の中に鍵を入れておいてね」
「そこだけは、やけに庶民的なんだな」
妙に感心するエイジンだった。




