▼310▲ 男社会なら絶対困らない女
「エイジンさんの帰宅があまり遅くなっては、二人の奥さんが心配します。ひとまずこの件はここまで、という事にしておきましょう」
ジュディ捜査官が頃合いを見て、そう提言すると、
「誰が奥さんだよ。俺は誰とも結婚した覚えはないんだが」
三千万円の入った紙袋を大事そうに抱きしめたまま、すかさずツッコミを入れるエイジン先生。
「失礼しました。まだ二人の『婚約者』でしたね」
「婚約もしてねえよ。あの二人は普通に雇い主とそのメイドだ」
「あくまでも、『彼女達は金ヅルに過ぎない』、と言い張りますか。最低ですね」
「そこまで言ってねえ。あんたの方が最低じゃねえか」
真顔でボケ倒すジュディ捜査官はエイジンのツッコミを無視して、そんな二人のやりとりを笑いながら聞いていたマリリンの方に向き直り、
「あなたは今、瞬間移動の魔法が使えないのでしたね、マリリンさん。もしよければ、アーノルドさんが入院している病院へすぐにお送りしますが?」
と、申し出る。
「そうね。じゃあ、お言葉に甘えさせて頂こうかしら」
マリリンはこれを承諾した後、エイジンに微笑みかけ、
「じゃあね、エイジンさん。いずれまた、人生と大金を賭けたゲームにご招待するわ」
と、色っぽい口調で不穏極まりない事を告げる。
エイジン先生もこれには呆れ顔で、
「その二つをおろそかに扱うと、あっと言う間に破滅するからやめておけ。それと、もうアーノルドに無茶な命令は出さないでやってくれ。ああいう一途な忠犬タイプが捨てゴマにされる展開は見てて辛い。ケガをさせた俺が言うのも何だが」
「でも、男性が女性から与えられた命令を命懸けで遂行してくれる展開って、グッと来ない?」
「だったら頼むから、病院に行ったらアーノルドに、『ケガを治す事だけに専念しろ』、と命令してやってくれ。命懸けであんたの命令を守るあの男の事だから、すぐによくなるだろうよ」
「うふふ、優しいのね。そう命令しておくわ。じゃ、ジュディさん、タクシー代わりにして悪いけれど、病院までお願い」
そうマリリンが言い終わると同時に、ジュディが無詠唱で瞬間移動魔法を発動させ、二人はエイジンの目の前から忽然と姿を消した。
そしてその五分後に、ジュディ一人だけがまた姿を現し、
「マリリンさんを病院まで送り届けて来ました」
と、大量の魔力を消費する瞬間移動を、さも何でもない事の様に言ってのける。
「こんな夜中じゃ病院も面会時間を過ぎてるだろう。病室に直接ワープしたのか?」
素朴な疑問を抱くエイジン先生。
「いえ。守衛が男性だったので」
「ああ、納得。『魅了の魔眼』を使うまでもなかったろうな」
そこに男がいる限り、マリリンが困る事はない。




