▼31▲ ミラクルな寝相
エイジン先生がどんなに説得を試みても、イングリッドは寝室に敷いた布団を自分の寝床にすると主張して譲らない。
「これがエイジン先生の世界での、『ちゃんとした寝床』だと聞いています」
「この世界の『ちゃんとした寝床』が自分の部屋にあるだろ。そっちで寝ろと言ったんだ」
「ともかく、今晩からここで寝させて頂きます。『ちゃんとした寝床』で寝られる様に計らって頂き、ありがとうございます。エイジン先生」
追い払おうとしたつもりが、逆にイングリッドのストーキングレベルを上げてしまったエイジン。
せめて布団はここでなく居間に敷いてくれ、と訴えても、イングリッドは聞く耳を持たない。では自分が居間のソファに寝る、とエイジンが言えば、では自分も居間に布団を移動する、とイングリッドも言い張り、結局その晩は同じ寝室で寝る事になった。
掛け布団を剥いで上半身を出し、パジャマの前を少しはだけてノーブラの胸元を強調するイングリッドを無視し、エイジンは一段高いベッドの上ですぐに寝入ってしまう。
真夜中、ふとエイジンが目を覚ますと、布団で寝ていたはずのイングリッドがベッドに潜り込んでいた。しかもエイジンの背後から抱き付き、体全体をベタベタと遠慮なく触りまくっている。
「何をしている」
聞くまでもない質問だが、抗議の意味でエイジンがあえて問う。
「はっ、私は何を」
棒読みで答えるイングリッド。
「申し訳ありません、エイジン先生。私は寝相がひどく悪いものですから」
「床に敷いた布団から、一段高いベッドに這い上がる寝相ってどんなんだよ」
「いささか夢遊病の気もありますので」
「医者に診てもらえ。何なら入院して、しばらく戻って来なくてもいいぞ。それといい加減離れてくれ」
「失礼しました。では」
ようやくイングリッドが離れて体を起こしてくれたので、エイジンも寝返りを打ってそちらに向き直り、
「追い出そうとした仕返しにしては、随分タチが悪」
と言い掛けて、イングリッドが上半身裸である事に気付き、また寝返りを打ってむこうを向く。
「もはやタチが悪いってレベルじゃないんだが。とにかく服を着てくれ」
「失礼しました。暑かったので、つい無意識に脱いでしまった様です」
「今晩は涼しい位だぞ」
「暑がりなもので」
「いくら俺の体を調べた所で、古武術について得る物は何もない。もう無駄な事はやめてくれ」
しばらく沈黙が続いた後で、
「何の事でしょう」
と、とぼけるイングリッド。
「俺は、グレタ嬢に古武術を教える為にここに召喚されているんだ。あんたにじゃない」
「エイジン先生が何を仰っているのかよく分かりませんが、仮に私が古武術に興味があるとして、そこに何か不都合がありますか?」
「地味でキツい修行を言いつけられたご主人様を差し置いて、俺があんたにこっそり古武術の秘密を教えていたら、どう思うだろうね、当のグレタお嬢様は」
またしばらく沈黙が続く。
「そんな訳で、俺は古武術について何もあんたに教えるつもりはない。余計な真似はせず、お世話係のメイドに徹してくれ」
「おっと、バランスが崩れました」
イングリッドは立ち上がりかけてよろけ、そのままエイジンに覆いかぶさる様に倒れた。トップレスで。
結果、大きな生乳がエイジンの頬に押し付けられる。
「失礼しました。どうかお許しを」
「いいから離れろ」
エイジンの言う事を聞かず、やられたら倍返しでやり返す事にイングリッドは決めているらしい。
結構子供である。体は大人だが。




