▼308▲ 母親を人質に取られてヨーヨーで戦うスケバン
「犯行現場を押さえられたマリリン嬢は完全に詰んだ様に見える。だがちょっと待って欲しい。ここで俺が、『マリリン嬢とは、ちょっとしたゲームをして遊んでただけです』、と証言を翻したらどうなる? 彼女を有罪まで持って行くのは難しくなるんじゃないか?」
協力してもらったジュディ特別捜査官に対し、突如、その恩を仇で返す様な事を言い出すエイジン先生。
「記録映像がある以上、マリリンさんの有罪は簡単には覆りませんよ。逆に、『マリリンさんを庇おうとして偽証している』、とみなされたエイジンさんが有罪になる可能性がありますが?」
そんなエイジン先生の妄言を、冷静に一刀両断するジュディ捜査官。
「どうかな。その記録映像にしたって、俺が『マリリン嬢と組んでジュディ捜査官をおちょくろうとしたイタズラ』だと言い張れば、それなりの軽い罪は食らうかもしれないが、『正当な理由のない精神操作系の魔法の使用』程の重罪にはならんだろ?」
「確かにあなた達なら、それ位の悪ふざけをしてもおかしくはありませんが」
かつてエイジン、マリリンの両名に、それぞれ翻弄されまくった苦い経験を持つジュディ捜査官が、それでも無表情を保ちながら答える。
「まあ、そういう事だ。あんたに助けてもらっておきながら、今、俺がこんな事を言い出したのは、『マリリン嬢は下手に逮捕するより、その類稀なる能力を魔法捜査局の為に役立てた方がいいんじゃないか』、って、思ったからなんだが」
「それだけの価値がマリリンさんにある、と?」
「そう。『魅了の魔眼』は便利だぞ。人質を取った立てこもり犯が男なら、事件は一秒で解決出来る。中々口を割らない容疑者の男も、自分から全部快くしゃべってくれる様になるし、爆弾魔の男には自分が仕掛けた爆弾を全部自分で確実に解除してもらえるぜ」
「確かに、『魅了の魔眼』は私達の業務に非常に役立ちます。実際、魔法捜査局は過去に何度もマリリンさんをスカウトした事がある位です。全部断られましたが」
「だって、『毎日朝九時までに出勤しろ』、って言うんだもの。私には絶対無理だわ」
朝に弱そうなニートお嬢様のマリリンがしれっと口を挟む。食うに困らない金持ちの発想はいつだって庶民の斜め上。
「そりゃ、魔法捜査局の方が悪い。どう考えたって、このマリリン嬢に九時五時の宮仕えは不可能だろ。仮に務まったとしても、今度は退屈しのぎに魔法捜査局の男を片っ端から落としまくるぞ」
フォローすると見せかけて失礼な事を言いまくるエイジンに、マリリンは笑って、
「いやね、エイジンさん。私がそんな事をすると思って?」
冗談めかして抗議すると、
「失礼。あんたの場合、『男を落としまくる』じゃなくて、『自分から落とされにやって来る男が後を絶たない』だな」
さらに失礼な冗談で返すエイジン。
マリリンは気にする様子もなく、くすくすと笑っている。
この二人のお気楽ニート共の会話を前にして、まだ若いのに人一倍働いているジュディ特別捜査官はいつもの無表情を崩さない。でも、ちょっとは怒っていいかもしれない。
そんなジュディに対し、エイジンは提案を続ける。
「だから、マリリン嬢には正規の捜査官じゃなく、『「魅了の魔眼」が必要とされる特殊な犯罪』限定で、協力してもらう形にすればいい。魔法捜査局の秘密兵器的な扱いで」
「なるほど、エイジンさんの言いたいことはよく分かりました。確かにマリリンさんを逮捕すれば、取調べや裁判等の各種手続きでいちいち男子禁制の環境を用意するだけでも、かなりの手間と費用がかかります。ましてやエイジンさんが証人としての協力を拒むと言うのであれば、事態が紛糾する事は間違いありません。ならば犯罪のもみ消しと引き換えに、その強力無比な魔法を公共の為に役立てる方が遙かに有益ですね」
エイジンの提案をまとめた後、ジュディ捜査官はマリリン嬢の方に向き直り、
「私はエイジンさんの案に賛成します。マリリンさん、あなたが同意すれば、の話ですが」
無表情で淡々と、しかしどこか問い詰める口調で迫った。
マリリンは肩を大げさにすくめ、
「脅迫されるのは好きじゃないから、普通なら断る所だけど」
エイジンの方を向いて、にっこりと笑い、
「ゲームに勝ったエイジンさんに敬意を表して、その提案を受けるわ」
この裏取引をあっさりと承諾した。
「何の因果か魔法捜査局の手先、って訳ね」
「何でそんな事まで知ってるんだよ、あんた」
マリリンの日本通ぶりに再び舌を巻くエイジン先生。




