▼307▲ ケガ人の扱いで分岐するルート
男性相手には無敵を誇る「魅了の魔眼」も、女性相手では「ただの光る眼」でしかない。
さらに悪い事に、よりによって魔法捜査局の特別捜査官の目の前で、「使用を厳しく禁じられている違法アイテム」を堂々と使ってしまったのである。
今のマリリンの状況を例えるなら、「満員電車で、女装したおとり捜査の警官と知らずに、その尻を触ってしまった哀れな痴漢」辺りが近いかもしれない。性別は逆だが。
とりあえず、マリリンは「魅了の魔眼」を解除し、光る金色の魔眼は元の光らない普通の青い眼へと戻った。
それに伴って一瞬辺りが暗くなったが、すぐにジュディ捜査官が無詠唱魔法でスイッチを操作して、廊下と寝室の照明を点け、
「もういいですよ、エイジンさん。『魅了の魔眼』は発動していません」
背後を振り返ってそう言うと、
「ご苦労さん」
気の抜けた返事と共に、シーツをはぎ取ったベッドの下に隠れていたエイジン先生が、そこから、ひょこっ、と首を出し、呆然としているマリリンを見上げて、
「あんたもバカだな、マリリンさん。俺の事なんか放っておいて、ケガをしたアーノルドが待っている病院へ直行してれば、ゲームに負けて三千万円失うだけで済んだのに」
おどけつつも、少し相手を憐む様な口調でそう言った。
己の完全敗北を悟ったマリリンは、あわてず騒がず、いつもの色っぽい笑顔に戻って、
「最初からジュディさんとグルになって私をハメたって訳? ひどい人ね」
と、冗談めかして抗議する。
「いいや、俺はゲームの途中でジュディ嬢に通報したんだ。健気にもケガの激痛に耐えながら、あんたに状況報告を済ませたアーノルドから、少し強引に借りたこいつでな」
エイジンがそう言って、床に腹這いのままズボンのポケットから取り出したのは、濃緑色の耐衝撃ケースが付いたアーノルドの携帯だった。
「アーノルドの足首を挫いた後、そのままゴールすると見せかけて、またアーノルドの所へ戻って来たのね?」
「ああ、アーノルドは、この携帯を手にして倒れてた。だから隙を見て、ひょいっ、と、ひったくって、そのまま走って山小屋の方へ逃げたんだ」
「まるで悪魔の所業ね、エイジンさん」
マリリンがくすくすと笑う。
「この鬼畜ゲームを企画したあんたが言うかね。それに、最初に俺の携帯を没収したのは、他ならぬあんたじゃねえか。ちょっと借りる位いいだろ。アーノルドは這って俺を追いかけようとしてたが、『マリリン様の命令は「そこで大人しく待機する事」じゃなかったのか?』って、言ってやったら、悔しそうに地面を叩いてあんたの命令を守ってたよ」
「当然よ。アーノルドは私の言うことをちゃんと聞いてくれるもの。あなたと違ってね」
「俺がいつあんたの使用人になったんだよ。ま、危うく使用人にされる所だったが。話を戻すと、もしあんたが病院に行ってれば、当然、俺がアーノルドから携帯を奪った事を知って、これ以上このゲームに関わるのは危険だ、と判断しただろうね。もしくはアーノルドを迎えに来た他の使用人から、携帯で連絡を受ける事も出来たはずだ。
「だが、あんたはこっそり俺の後を追ってここまで来た。当然、携帯が鳴らない様に電源を切ってな。だからあんたは何も知らないまま、こうしてまんまと罠に飛び込んじまったんだ。
「察しがいいあんたなら、もうその後の事は分かるだろ? 俺は、まずジュディ嬢にガル家の倉庫にワープして、俺が着ているのと同じ迷彩服に着替えてもらい、次に、この山小屋の中にワープしてもらって、俺と簡単な打ち合わせをした後、この寝室でお化けシーツを被って待機してもらってたって訳さ」
エイジンがドヤ顔で説明を終えると、ジュディ捜査官は深く頷き、
「屋内にいきなり瞬間移動するのはマナー違反ですが、今回は通報を受けて犯行現場に踏み込む必要があったので、直接内部へ訪問させて頂きました」
淡々と断りを入れた。
「そうだったの。急な事だから、何のおもてなしも出来なくて、ごめんなさいね」
敗北してなお、動揺を表に出さないマリリン。
「おかまいなく。それと、この部屋とそちらの廊下と玄関ホールに、小型カメラを仕掛けさせて頂きました。あなたの言動は全て録画済みです」
ジュディ捜査官が明かした衝撃の事実に、怒るでもなく、
「この部屋の動画を後で見せてもらってもいい? 部屋に逃げて来たエイジンさんがベッドの下に隠れる所と、あなたがお化けシーツを被って待機している所が見たいの。とても可愛いでしょうね」
軽口を叩いて、くすくすと笑って見せるマリリン。肝が据わっている。
「詳しい事は、私の城で聞きましょう。マリリンさん、あなたには黙秘権があり――」
ジュディ捜査官がマリリンの逮捕に当たって権利の告知を始めると、
「ちょっと待った!」
ようやくベッドの下から這い出し、紙袋を持って立ち上がったエイジン先生が、
「この事件の最重要証人である俺から、あんたらに提案があるんだが」
ゲスな笑みを浮かべて、二人の会話を遮った。
三千万円の詰まった紙袋を大事そうに、ぎゅっ、と抱き締めながら。




