▼305▲ 三秒で出来るハロウィンの即席お化け仮装
ちょっとでも見てしまったが最後、どんな男でもたちまち虜になってしまうという、婚活女子が泣いて羨む「魅了の魔眼」を光らせながら、優雅に腰を振り振りゆっくり階段を上がるマリリン。
二階に逃げたエイジン先生が、バタン、とあわててドアを閉める音を聞いても、
「うふふ、寝室に籠城するつもり?」
特に焦る様子もない。
階段を上がり切って二階に到達すると、そこで一旦立ち止まり、魔眼で照らされた廊下に向かって、
「出てらっしゃい、エイジンさん。出て来ないと、魔法で無理やりドアを開けるわよ」
と、陽気な調子で呼びかけた。
「ここのベッドで俺は今から寝る事にした。死ぬ程疲れてるので、起こさないでくれ」
寝室からエイジン先生のふざけた声が返って来る。
マリリンはくすくす笑い、
「寝る前に、ちょっと見て欲しいものがあるの。とってもきれいよ」
「チェレンコフ光は確かにきれいかも知れないが、直接肉眼で見たいとは思わない」
「うふふ、人の眼を使用済み核燃料みたいに言わないで」
「危険度で言ったら、似たようなモンだろ」
「まあ、ひどい。そんな事言われたら、ますます見てもらいたくなっちゃうじゃない」
マリリンはゆっくりと廊下を歩き、エイジンが隠れている寝室の前に来た。
コン、コン、とドアをノックして、
「入ってもいいかしら?」
一応、許可を求めると、
「駄目! 俺、今着替えてる所だから!」
「じゃあ、三つ数えるまでに、着替えを済ませてね」
ドアから少し下がって、
「三、二、一」
「早えよ!」
「数えたわ、開けるわよ。ププッピドゥ♪」
色っぽく短い呪文を詠唱すると、ガチャ、とロックが解除されるのに続いて、ドアがひとりでに、ギイ、と音を立てて廊下側に向かって開き、照明の点いていない真っ暗な部屋の内部が、「魅了の魔眼」の光で照らし出された。
部屋の真ん中には、ハロウィンで子供が仮装する様な、大きな白いシーツを頭からすっぽり被った即席お化けが、バァ、と人を驚かす様に両腕を横に広げて立っている。
ご丁寧な事に、顔の所にはサインペンらしきもので黒丸二つの眼と曲線の口まで描いてある。横に並べた記号で無理やり表すと●v●な感じ。
ただ残念な事に、シーツの長さが足りなかったのか、下までは完全に覆えず、迷彩服のズボンの裾と革靴がはみ出して丸見えになっており、やや間抜けな印象を与えてしまっていたが。
その格好を見たマリリンは思わず噴き出して、
「うふふ、本当にあなたって面白い人ね、エイジンさん。それとも――」
それまで持っていた赤い救急バッグを、ぽい、と床に放り出し、
「――異世界の古武術には、私の魔眼を見ずに、この絶体絶命の状況を乗り切る奥義がある、とでも言うのかしら?」
その美しくも不敵な笑みと共に、「魅了の魔眼」を妖しく光らせながら、両腕を胸の前で組み、自信たっぷりな態度で、しかし決して油断する事なく、エイジンの攻撃を待ち構えた。




