▼303▲ いい話とゲスな話
「俺はとっととゴールして、このゲームを終わらせて来るから、あんたはそこでじっとしてろよ」
そう言って、倒れたまま左足首の激痛に耐えるアーノルドを残し、坂道を下って行くエイジン先生。
その後姿を無念そうに見送りながら、アーノルドはズボンのポケットから、濃緑色の耐衝撃ケースが付いた携帯を何とか取り出し、
「……マリリン様……申し訳ありません……最後の坂の途中で……エイジン様に関節技を掛けられ……左足首を挫かれました……もう追いつく事は不可能です……」
苦しげな表情で、それでも何とか声を平静に保とうと努力しながら、山小屋で待つマリリンに状況を報告した。
「そう、もう追わなくていいわ、アーノルド」
手にした携帯から、いつもの甘くけだるいマリリンの声が返ってくる。
「……油断していました……任務を果たせず……この体たらく……」
「いいのよ。すぐにローブロー家から車で救援を寄こすわ。私もすぐそっちに行くけど、今日はもう瞬間移動するのに必要なだけの魔力は残ってないの。ごめんなさいね」
「……いえ……私ごときの為に……マリリン様が来られる必要は……」
「徒歩で行くわ。でも、救援の方が先に到着したら、私を待たずに病院に直行するのよ。いいわね?」
「……はい……分かりました……」
「それまでは、その場から動かずに安静にしてて。これは命令よ。何か問題はあるかしら?」
「……いえ……問題ありません……」
「あなたはよくやってくれたわ、アーノルド」
そこでマリリンは通話を打ち切って、ローブロー家にアーノルドの救援を要請すると、自身も用意してあった赤い救急バッグを持って急ぎ足で山小屋を出た。
「……もったいない……お言葉……」
通話が切れているにも拘わらず、携帯に向かって律儀に応答するアーノルド。
それから約五十分後。
薄暗い夕闇の中、無人となった山小屋の前に、迷彩服の男が立っていた。
「アーノルドは左足首負傷につきリタイア。マリリン嬢は負傷したアーノルドと共に病院へ直行。よって、このゲームは主催者側が俺を捕まえる前に試合放棄したものとみなし――」
迷彩服姿のエイジン先生は、鍵が掛かっていないのを確認してから山小屋のドアを開け、玄関ホールに置かれたままの、三千万円が入った段ボール箱の所まで行き、
「――あえてまだゴールせず、こっそり引き返して来た挑戦者、エイジン・フナコシの完全勝利とする。この賞金三千万円は全部俺のものだ!」
ガッツポーズをしながら、高らかにそう宣言した。




