▼300▲ 脳筋の情報処理能力の限界
顔面と裸の上半身全体にまんべんなく濃緑と黒の迷彩塗装を施した筋肉モリモリなマッチョ男アーノルドが、そのふざけた格好と対照的な無表情で、一歩、また一歩、と坂を上って近付いて来るという、ホラーでシュールな光景を前にして、
「待て、落ち着け、止まれ。とりあえず、俺の話を聞け。ステイ、ステイ!」
エイジン先生はこの巨大な物体の接近を食い止めようと、あわてて両手を開いて前に突き出しながら声をかけたものの、アーノルドは無言のまま一向にその歩みを止めようとしない。
「あんたの大切なマリリン様が、どうなってもいいのか? このままじゃ逮捕されちまうぞ」
が、マリリンの名前が出た途端、アーノルドはその動きをピタッと止めて、
「どういう事だ?」
五メートル程離れた場所からエイジンに尋ねた。
「来る時も言ったと思うが、マリリン嬢が面白半分に『魅了の魔眼』を使う事、即ち正当な理由もないのに精神操作系の魔法を使う事は、この世界じゃ犯罪だ。今日の午前中まで事情聴取されてたのも、『魅了の魔眼を使ったかどうか』を調べる為だったんだろ?」
「だが、釈放された」
「証拠不十分でな。特に実害もなかったし。ところが、今回、俺があんたに引っ立てられて、マリリン嬢に『魅了の魔眼』を使われた場合、間違いなくマリリン嬢は逮捕される」
「この山の中で起こった事を知っているのは、マリリン様と私とお前だけだ。証拠はない」
反論するアーノルドに対し、エイジンは首を横に振って、
「明日になっても俺がガル家に戻らなければ、俺の雇い主のグレタ嬢は必ず魔法捜査局に問い合わせる。そして、『マリリン・ローブローは既に釈放されているし、ジュディ特別捜査官がエイジン・フナコシに仕事を依頼した事実はない』という事がすぐ知れる。
「そうなると、行方不明の俺を探すために、まず俺が所持していた携帯の位置情報の記録が調べられる。携帯は車から降りた場所で取り上げられたから、当然マリリン嬢の別荘の近くで俺の消息が途絶えた事が分かる。
「元々、俺を呼びだした電話も、『逃亡したマリリン嬢を探すのを手伝え』というウソの内容だったから、これはもうマリリン嬢に疑惑が向かない方がおかしい位だ。あっと言う間に、ここの別荘に魔法捜査局の捜査員が踏み込んで来て、『魅了の魔眼』で洗脳された俺が発見され、マリリン嬢もすぐに逮捕される。
「どうよ? このまま俺を捕まえれば、あんたの大切なご主人様が困る事になるんだぜ?」
滔々とまくし立てるエイジン先生に対し、
「それで?」
無表情で言葉少なに問うアーノルド。
「マリリン様を救う方法はただ一つ、このまま俺をわざと見逃す事だ。『あと一歩と言うところで、逃げられました』という事にしておけば、このふざけたゲームは無事終了。マリリン嬢は『魅了の魔眼』を使わずに済み、当然、何の罪に問われる事もない。俺は山小屋からビタ一文も金を持ち出していないから、マリリン嬢には何の損もない。どうだ、いい話だろう?」
ドヤ顔で提案するエイジン先生。
しかし、アーノルドは無表情のまま、
「正直、私にはそれがいい話かどうか、判断出来ない」
と、率直な意見を述べ、
「ともかく私に与えられた使命は、お前を捕まえてマリリン様の元に連れて行く、ただそれだけだ」
再びエイジンの方に向かって、ゆっくり坂を上り始めた。
脳筋に複雑な話は理解出来ないらしい。




