▼294▲ 美女に命令される事に無上の喜びを感じるタイプの男
鬱蒼とした木々の中、あるのかないのか分らない様な山道を踏み分け、野生動物の様に迷わず目的地に進んで行くアーノルド。
そしてその三メートル程後ろから、
「山歩きはいいねえ、少年の頃に心が戻る」
拾った小石で、道の脇に立ち並ぶ木々に時々引っかき傷を付けながら、のんびりとついて行くエイジン先生。
基本、アーノルドは何を話しかけても返事しないのだが、
「あんたも大変だな、ご主人様の途方もない気まぐれに付き合わされて」
「問題ない」
雇い主であるマリリンを揶揄すると、ようやく食い付いて来た。
「なあ、マリリン嬢のやろうとしてる事って、どう考えても犯罪だぜ。ここは一つ、あんたからも馬鹿な真似はやめる様に忠告してやってくれないか。具体的に言うと、報酬はそのままで、『魅了の魔眼』を使って奴隷化する罰ゲームだけカットすればいいから」
心配していると見せかけて、自分にとても都合のいい事をアーノルドにやらせようとするエイジン先生。
「一使用人である私に、その様な権限はない」
歩きながら振り向かずに返答するアーノルド。
「使用人だからって、ご主人様の犯罪の片棒まで担ぐ義務はなかろうよ」
「たとえ犯罪であろうと、マリリン様の命令は絶対だ」
「じゃあ、あんたはマリリン様が『死ね』って言ったら死ぬんだな」
「無論だ」
「『魅了の魔眼』で既に洗脳済みだったのか。可哀そうに」
近くの木の幹に小石で大きなバッテンの引っかき傷を付けながら、呆れ気味に言うエイジン先生。
「断っておくが、マリリン様が私に『魅了の魔眼』を使用した事実はない」
淡々と、しかし言葉に力を込めて反論するアーノルド。
「魔法抜きで洗脳されてるのか。重症だな、こりゃ」
「口を慎め。マリリン様は、それだけお仕えする価値のあるお方なのだ」
「そっか。美女に命令されるのがそんなに好きか。あんたにとってこの仕事は、ある意味天職なんだな」
何気に失礼極まりない事を言ってからかうエイジン先生だったが、アーノルドは特に怒った風もなく、
「ああ、天職だ」
と真面目な口調で返して来た。
その絶妙なタイミングに不意を突かれて噴き出し、少しむせてしまうエイジン。
美女に命令されるのが天職。




