▼291▲ アイルビーバックな運転手
電話から約二十分後、ガル家の正門前に黒塗りの車が到着し、中からやや伸び気味な栗色の角刈り頭にグラサン、黒服姿の三十代半ば位のがっちりした大男がぬっと現われて、
「魔法捜査局の者です。お迎えに上がりました」
しゃがれ気味の渋い声で、そこで待っていたエイジン、グレタ、イングリッドの三人にそう告げた。特に威嚇している訳でもないのに、その異様な見た目から来る威圧感が半端ない。
「じゃ、行って来るぜ」
しかし迷彩服姿のエイジン先生は、この角刈りグラサンの発する威圧感を全く気にする様子もなく、軽い調子でグレタとイングリッドにそう言うと、いつもの飄々とした態度で車の後部座席に乗り込んだ。
ガル家を出発してから約三十分後。車はどんどん街中から遠ざかり、いつの間にか左右に欝蒼とした木々が茂る人気のない道を走っている。
「なあ、つかぬ事を聞くけど、魔法捜査局の支部ってのは、こんな森の中にあるのか?」
エイジンが質問しても、角刈りグラサンは運転に集中しているのか、口をへの字にキッと結んだまま何も答えない。
「運転中に話しかけないでくれ、ってタイプか。ま、安全運転でやってくれ」
エイジンが話しかけるのを諦めてからしばらくすると、不意に車が道の真ん中で停まった。
「着いたのか? 建物がどこにも見当たらないんだが」
エイジンの問いに対し、
「あの方を乗せて行く」
角刈りグラサンがぶっきら棒に答えながら指差す先、道路の右脇前方に生えている大木の陰から黒ローブ姿の人影がスッと現れ、車の方へゆっくり歩み寄り、後部座席のドアを開け、目深に被っていたフードを脱いで、
「はぁい。また会ったわね、エイジンさん」
にっこりと笑ったのは、ジュディ捜査官の城から脱走し、現在魔法捜査局に追われているはずのマリリン・ローブロー本人だった。
「逃げられないと観念して出頭して来たのか。話が早くて助かる」
エイジンがわざとすっとぼけた調子でそう言うと、
「逃げるも何も、今日の午前中にはジュディの事情聴取も終わってるわ。もちろん、無罪放免よ」
マリリンはそう言いながら、優雅にゆっくりと車に乗り込み、ドアを閉めた。
「部下のドリスを通じてジュディ捜査官から、城から逃げ出したあんたを捕まえるんで山狩りに協力して欲しい、と電話があったんだが」
「知ってるわ。だって、その電話をしたのはドリスじゃなくて、私だもの」
「あんたが?」
「ジュディお抱えの女の子の中で、一番あの子の声が真似し易かったのよ」
「あんた、声帯模写で寄席に出られるぞ。さらにウグイスの鳴き真似の一つも出来れば鬼に金棒だ」
「うふふ、遠慮しておくわ。アーノルド、車を出してちょうだい」
「はい、マリリン様」
それまでずっと黙っていた運転席の角刈りグラサン改めアーノルドは、マリリンの命令を受けて車を発進させた。
「参った。まんまと騙されたぜ」
エイジンが額に手を当てて、ため息交じりにつぶやくと、
「うふふ、『わざと』騙されてくれたんでしょう、エイジンさん?」
男の嘘などお見通し、と言わんばかりに、艶めかしく微笑みつつエイジンを牽制するマリリン。
アーノルドは何も言わない。




