▼29▲ 脅迫するストーカーメイド
その日もエイジン先生が小屋に戻ると、「もう来なくていい、むしろ来るな」、と言い渡しておいたイングリッドが、その言葉を無視して、もう自分がここにいるのがさも当然であると言わんばかりに、
「おかえりなさいませ、エイジン先生」
と、かしこまって玄関で出迎えた。
「ただいま、もう屋敷に帰っていいよ」
「夕食の支度が出来ております」
「食事も自分で作るから、もうやらなくていいって言ったよな」
「そんな事より、今晩は早めに夕食を済ませてください。都合がありますので」
「『そんな事』で片付ける気か。都合って、何の都合だ」
「グレタお嬢様から、夜半にこちらへ来てエイジン先生と少しお話をしたい、との連絡がありました」
「今日の修行が終わった時、グレタ嬢はそんな事言わなかったが」
「気が変わったそうです」
そのまま最初の抗議をうやむやにして、イングリッドはエイジンを急き立る様にテーブルにつかせて給仕し、自分も差し向かいに座って、時間をかけて煮込んだ野菜たっぷりのポトフを一緒に食べ始めた。
「今日こそ、夕食が終わったら、ちゃんと屋敷に戻るんだぞ」
「いえ、ここに残らせて頂きます。グレタお嬢様をエイジン先生と二人きりにする訳には参りません」
「人聞きの悪い事を言ってくれるな。でもまあ、確かにそれは仕方ないか」
「はい。こんな人気のない場所の一軒家に、夜中、若い男女が二人だけで一緒にいるのは、何かと問題ですので」
「待て、じゃあ、あんたがここに俺と二人きりでいるのも問題な訳だよな。しかもお泊まりで」
「グレタお嬢様は、十時頃こちらにお見えになる予定です」
都合の悪い事は全て聞き流すイングリッド。
「いい機会だから、お世話係のメイドの問題行為について包み隠さず報告しとこうか。で、グレタお嬢様直々に、この小屋にメイドが泊まりがけで居座らない様、きつく言い渡してもらうとしよう」
エイジンが意地悪い笑みを浮かべてそう言うと、
「逆に私が、『エイジン先生に、入浴や着替えを覗かれたり、胸元をじろじろ見られたり、胸を触られたりしました』、と涙ながらに訴えたら、グレタお嬢様はどちらを信用すると思います?」
イングリッドは全く動揺せず、無表情で言い返す。
「脅迫か」
「取引きです」
イングリッドはそう言って、テーブル越しに手を伸ばし、エイジン先生の口元に付いたポトフの汁を人差し指でぬぐい取り、
「そんな訳で、これからも今まで通り、エイジン先生のお世話をさせて頂きます」
その汁の付いた指を自分の口元まで持って来て、これ見よがしにぺロリと舐め取った。




