▼287▲ 昼間から他人の金で自分の趣味のプラモデルを作る無職
昨日に引き続いて神聖な稽古場の一画に新聞紙を敷いて作業スペースを確保し、グレタには四十八分の一スケールの旧日本陸軍のレシプロ戦闘機隼を作らせ、自分も同スケールの旧ソ連空軍のジェット戦闘機MiG-15を作るエイジン先生。
「模型作りはこだわれば無茶苦茶奥が深い世界だが、俺達みたいな素人は細かい事を考えず、ただ指示通りに組み立てて遊べばいい。普通に組んで、指定された色を塗って、付属のデカールを貼れば完成だ」
そのエイジンが用意して来た、紙袋一杯の組立工具と塗装に必要な道具一式を見て、
「普通に組むだけでも、こんなに準備が要るの?」
グレタが呆れた様に問う。
「便利な道具があればある程作業はスムーズになるんだ。もちろん、ちゃっちゃと組み立てて色も塗らずにおしまい、でもいいんだが。まあ、ここは一つ説明書通りに作ってみよう」
エイジンはそう言って、グレタの隼の方から作業を始めさせた。
「コックピット部とその周り、それとエンジン部は組む前に色を塗って乾かしとく事。他に脚とかプロペラとか増槽とか小さな部品も先に塗って乾かしておく。透明なキャノピーは枠を塗る前にマスキングテープを貼らなきゃならないから面倒なんだが、初心者だし、少し位失敗したって気にするな」
普段は自分をほったらかし気味の癖に、プラモデル製作に関してはやたらと積極的かつ懇切丁寧に教えてくれるエイジン先生に、グレタは少し複雑な気分ながらも、それはそれでたくさん構ってもらえて大満足だった。
色を塗った部品を大きなクリップで挟んで、別の場所に一通り並べ終えると、
「よし、コックピット周りが乾くまで、そっちは休憩な。プラモデル製作は、接着剤の乾き待ち、塗装の乾き待ち、デカールの乾き待ちと、何もしない時間が非常に重要なんだ。だから忍耐心を養うのにいい」
遊んでいるだけの癖にもっともらしい事を言って、自分のMiG-15に取り掛かるエイジン先生。
「何と言っても、部品を一つ一つじっくり組み立てて、モノを完成させて行くのが楽しいんだ。モノを壊すのは一瞬で簡単だが、壊した後はどこか空しさが残るだろ」
「私への当て付けかしら?」
グレタがわざとすねた様な口調で言う。
「そんな所だ。これからしばらく『モノを作る』事を通して、『ついカッとなってモノを壊す前に、思いとどまる』心を育てろ。モノだけじゃなくて、人体や人間関係とかもな」
調子に乗ってどんどん偉そうな事をのたまうエイジン先生。実際の所、無職が昼間っから他人の金で自分の趣味のプラモデルを作ってるだけなのに。
「エイジンが側にいてくれれば、カッとなってもすぐ収まるんだけど」
そう言ってエイジンにもたれかかるグレタ。あたかも作業の邪魔をしに来る飼い猫の様に。
「刃物を使ってる時はあんまりくっつくな。危ないから」
それを素っ気なく肘で押し返すエイジン。
一瞬ムッとしたものの、言う事を聞いて渋々グレタが離れると、
「よし、聞きわけのいい子だ」
手にしたカッターを一旦置いてから、腕を伸ばしてその頭をなでてやるエイジン。
「まるで小さな子供扱いね」
そう言いつつも、むふーとにやけてしまうグレタ。
お兄ちゃんはプラモデルに夢中。構って欲しい妹はその側で待機。
傍から見ると、そんな小学生兄妹そのもの。




