▼286▲ B-29を迎え撃つ鯉のぼり
「で、その晩、匂い付けと称してベッドの中で二人して自分の体を俺にこすりつけて来てな。全裸で」
「へえ、そうなんですかあ」
次の日の朝、エイジン先生に例の倉庫に呼び出され、いつもの様にあられもない全裸バカップル話を無理矢理聞かされたアランは、「そういう報告はもういいですから!」と顔を真っ赤にして抗議する代わりに、爽やかな笑顔で平然と聞き流す事に成功した。
「スルーか。やっぱり休暇は人の心に余裕を与えるな。で、旅行へは今晩出発するのか?」
「明日の朝です。留守中、グレタお嬢様の事をくれぐれもよろしくお願いします」
「ああ、しばらく戦闘機のプラモデルを作らせて、心を落ち着かせておくから大丈夫だ。こっちの事は何も心配せず、アンヌと思う存分イチャついて来てくれ」
「エイジン先生にそう言ってもらえると安心です」
自分達の事を冷やかされて流石に照れたのか、スルーしきれずに少し顔を赤くするアラン。
「毎朝電話で、グレタ嬢とイングリッドの夜のエロ奇行について詳細に報告するからな」
「それはお断りします」
爽やかな笑顔のまま、きっぱり拒絶するアラン。
「冗談だ。休暇中なのに旅行先にまで電話を掛けて来るブラック職場の上司じゃねえよ」
「まあ、本当に深刻な事態だったらやむを得ませんけど。嫌がらせに近いただのエロ話は論外です」
「実は今、ちょっと深刻な事態に入りかけてる気配なんだが」
「え、またグレタお嬢様が狙われているんですか?」
「いや、今度のターゲットはどうも俺らしい」
「エイジン先生が?」
「前にも言った通り、このイカれた少女漫画の様な世界が制裁を加えようと企む対象は、元悪役令嬢ことグレタ嬢だが、俺がことごとくその企みを妨害したもんだから、今度はまず俺から排除しようと方針を転換したんだと思う」
「また、この世界に関するエイジン先生の妄想、もとい仮説ですか。どうも、私にはよく分からないんですが」
「要するに、俺を抹殺する為の新たな悪役令嬢が送り込まれて来たらしい、って事だ。俺を排除してから、改めてグレタ嬢に制裁を加えるつもりなんだろう」
「それが本当ならかなり深刻じゃないですか。私達ものんびり旅行に行ってる場合じゃありません」
「いや、せっかくの休暇なんだから、きっちり楽しんで来い」
「ですが」
「逆にアラン君みたいな真面目なタイプは、あの手の女にあっさり籠絡されかねん。アラン君があの女に籠絡されたら、アンヌがパニックに陥ってさらに状況が悪化する。却って二人がいない時の方が、カタを付けるのに好都合かもしれない」
「籠絡も何も、事情がよく分からないのですが」
「今は分からなくていい。ともかく旅行中、こっちの事は何も心配するな」
そう言ってエイジン先生は、倉庫の中のプラモデルが積んであるコーナーから二つの箱を取った。
「それが今日、グレタお嬢様が作るプラモデルですね」
アランが尋ねると、
「こっちの隼はな。こっちは俺が自分で作る。第二次世界大戦よりちょっと後の時代のやつだが」
そう言ってエイジン先生は、機首にプロペラがなく、代わりに鯉のぼりの口の様な大きな穴がぽっかり空いている、スマートな銀色のボディの戦闘機の絵が描かれている箱を見せながら、
「こいつはMiG-15。超空の要塞B-29爆撃機を引退に追いやったソ連のジェット戦闘機だ」
簡単に説明したものの、そもそもマリリンとのいきさつも知らず、異世界の古い軍用機に関する知識もないアランには、それが何を意味するのかさっぱり分からなかった。




