▼281▲ 妻が思う妻として当然の権利
「では、用事も済んだ事ですし、とっととエイジンさんを、グレタさんとイングリッドさんにお返ししましょう」
そう言ってジュディ特別捜査官が椅子から立ち上がると同時に周囲の景色がガラッと切り替わり、エイジンはガード家の別荘の城の書斎から、勝手知ったるガル家の屋敷の敷地の外れの小屋の玄関の前に一瞬で連れ戻された。
「だから、いきなり瞬間移動するのはやめてくれ。それと『とっとと』って言わなかったか、今」
エイジン先生の抗議とツッコミを華麗にスルーして、ジュディは携帯を取り出し、
「ただいま戻りました、イングリッドさん。今、玄関の前に来ています。エイジンさんは残念ながら無事です」
小屋の中のメイドと連絡を取った。
「おい、『残念ながら』ってどういう意味だ」
エイジンがツッコミを入れてから一拍置いてドアが開き、イングリッドが二人を出迎える。
「それは残念です、ジュディ様。今晩から、洗脳の重ねがけを施されて素直になったエイジン先生との三人えっち的なイチャラブ新婚日記が始まるものと期待していたのですが」
「あんたが一番残念だよ」
特別捜査官の次はメイドと、ツッコミに忙しいエイジン。
「私はこのまま城に帰りますが、これをどうぞ」
ツッコミを無視して、ジュディはイングリッドにUSBメモリーを手渡した。
「何でしょうか?」
「その中には、今回のエイジンさんとマリリン容疑者との会見の一部始終を録画した動画ファイルが入っています。特に浮ついた行為に及んだ様子はありませんが、参考までにご覧ください」
「お心遣い、感謝致します」
深々と頭を下げて礼を述べるイングリッド。
「夫が外でよその女と不埒な真似をしていないか確認するのは、妻として当然の権利ですから」
「夫でもなければ妻でもねえよ」
無表情でボケるジュディに、横からツッコミを入れるエイジン。もちろんジュディはこれをスルー。
「私はこれで帰ります。突然の申し出にも拘わらず、ご協力ありがとうございました。グレタさんにもよろしくお伝えください。それと、エイジンさん」
「やっと俺の事を認識してくれたか。何だ?」
「今回は無事に終わりましたが、あの一筋縄では行かないマリリン・ローブローの事です。もしかすると、またエイジンさんに協力を依頼する事になるかもしれません」
「ああ、いいよ。今回と同じく、一回につき百万円で引き受けてやる。ってか、あの女はまだ何かやらかしそうな感じなのか?」
「今は大人しくしていますが、その可能性はあります。その時は『エイジン先生』の悪知恵で何とかして欲しいのです」
「失礼な物言いだが、金さえもらえりゃ何と言われようと構わないぜ。ただ、あのマリリンって女は、頭カラッポに見せかけてはいるが、その実、賢くて特に悪知恵が働くタイプだろうから気を付けろ」
「私もそう思います。では」
素っ気ない返答と共に、ジュディはその場から文字通り姿を消した。
「さて、予定外の事が起こって少し遅くなったから、今晩のジョギングはやめとこう。それと俺は向こうに行く前にシャワーを浴びたから、風呂に入らないでこのまま寝るよ」
そう言って小屋に入ろうとするエイジンの腕を、イングリッドがむんずとつかんで、
「お待ちください、エイジン先生。ジョギングはともかく、お風呂にはいつもの様に一緒に入って頂きます。他の女の匂いをさせたまま、ベッドを共にしたくはありませんので」
「ベッドを共にしなきゃいいだろ!」
「それとお風呂の前に、この会見動画をグレタお嬢様も入れて三人で確認させてください」
「グレタ嬢とあんたの二人で見ろよ。俺はその間風呂に入ってるから」
「いえ、当事者と一緒に動画を見た方が断然盛り上がります」
「俺はドッキリ番組の被害者役か」
イングリッドはツッコミを無視して、エイジン先生をグレタの待つ居間へと引っ張って行った。




