▼278▲ 猛獣と一緒の檻に一時間入っていられたら百万円
男の子向けの話題に持って行こうとするエイジン先生と、恋バナを所望してやまないマリリンとが、穏やかなやりとりの水面下で綱引きの如くトークの主導権争いを続けていた所へ、オードリーが緑茶と小皿とフォークを二人分持ってやって来る。
「オードリー、急須とポットは置いていってくれ」
エイジンが声をかけ、
「かしこまりました。どうぞごゆっくり」
オードリーが恭しく返事をして部屋を出ると、
「さて、お茶も来た事だし、一旦羊羹食って落ち着こうぜ」
箱から羊羹を二個取り、その内の一個をマリリンに手渡すエイジン。
「そうね。これ、どうやって食べるのかしら?」
「ラミネート包装を剥がして好きな様に食べてくれ。小皿に出してフォークで少しずつ切って食べる方が行儀がいいのかもしれないが、正式なお茶の席じゃないから、こうやって直接食っても構わない」
子供がおやつの魚肉ソーセージを食べる様に、包装を半分剥いた状態で手に持ち、羊羹にかぶりつくエイジン先生。
「じゃあ、私も」
同じ様にして羊羹を片手で持ち、直接口に含むマリリン。同じ動作でも、エイジンに比べて妙に艶めかしさがある。
「甘くて美味しいわ」
「この甘みが緑茶と合う」
「和菓子には緑茶よね」
艶めかしさから一転して、可愛らしい仕草で湯呑を両手で持ち、ふーふーと息を吹きかけてから、少し口を付けるマリリン。この美女には妖艶と無邪気という二つの性質が同居している。
「日本に詳しそうだな、あんた」
「うふふ、日本は好きよ。旅行した事もあるの」
「異世界旅行か。費用もかなりかかるだろうに、流石名家のお嬢様は豪勢だな」
「異世界関連のお仕事をしてるお友達にお願いして、一緒に連れてってもらったの」
「さらりと凄い事お願いしてるな。そのお友達は男だろ」
「気になる?」
「気になるまでもなく、その時の様子が容易に想像出来る。美女に免疫のない真面目そうなビジネスマンにすり寄って、『ねえん、私を日本に連れてってえ。お・ね・が・い』、とかやられたら、そいつは大事な荷物を二、三個減らしてでもあんたを連れてくな」
「まあ、ひどい。意地悪な想像ね」
「で、本当の所は?」
「その通りよ。私のお願いを何でも聞いてくれるとってもいい人なの」
「あんたの方がひどいんだが。まさか、『魅了の魔眼』を使ったんじゃないだろうな」
エイジンの問いを、マリリンは面白そうに笑って、
「ここでうっかり、『はい、使いました』なんて認めちゃったら、この部屋を監視してるジュディが、私を逮捕しにすっ飛んで来るわ」
と、軽く流す。
「よく分かっていらっしゃる。だから、俺もこうしてあんたの魔眼を気にせず、安心して茶を飲んでいられるって訳だ」
「人を魔物みたいに言わないで。私はちっとも危険じゃないわよ? なのにジュディったら意地悪して、私にこの城の男の人を会わせない様に警戒してるの。ひどい話だと思わない?」
「こうしてあんたに直接会ってみると、ジュディ捜査官の措置は至極妥当だと思う。俺は今、『猛獣と一緒の檻に一時間入っていられたら百万円あげます』、ってイベントの挑戦者の気分だよ」
「私が猛獣なの? 失礼しちゃうわ」
マリリンはくすくすと笑って、
「でも、褒め言葉と受け取っておくわね。哀れな挑戦者さん」
聞き様によっては脅しとも取れる事を言った。
「『哀れな』挑戦者じゃなくて、『ボロ儲けする』挑戦者さ」
だが、へらず口では決して負けないエイジン先生。




