▼277▲ 悪役令嬢を調教する係
「B-29か。俺の国の人間なら、戦後七十年以上経ってるのに誰もが知ってる悪魔の様な名前だ」
出端をくじかれたせいか、キモオタの演技を忘れて素に戻るエイジン先生。
「あら、ごめんなさい。気を悪くしちゃったかしら?」
甘くけだるい声を出して謝るマリリン。
「いや、飛行機自体に罪はない。実際、俺もB-29は名機だと思うし、要は使う人間側の問題さ」
エイジンはそう言って、オードリーの方へ振り返り、
「予定変更だ。すぐにお暇するつもりだったが、こりゃ当分帰してくれそうにない。濃い緑茶を二人分持って来てくれないか。それと小さなフォークと小皿を二つ頼む。茶菓子はもう用意してあるからいい」
と声を掛ける。
「かしこまりました」
メイド口調で恭しく答えてオードリーがその場を去ると、エイジンは背負っていたリュックを床に置き、中から菓子折りを取り出した。
「お口に合うといいんだが。俺の国の老舗和菓子屋の小形羊羹だ」
「間宮羊羹?」
「それ和菓子屋やない、補給艦や。まあ、当時のレシピで再現した復刻商品が今も売ってるらしいけどな」
エイジンは菓子折りの包装紙を取って蓋を開け、種類ごとに色分けされている一口サイズの羊羹の小箱がぎっしり詰まった中身を見せる。
「まあ、綺麗ね。和菓子は包装一つとっても気を遣ってるから好きよ」
「封を切らなきゃ常温で一年以上もつ。好きなだけ食べて、残りは保存してくれ」
「ありがと。どうぞお掛けになって」
マリリンの勧めに従い、エイジンは菓子折りの箱をテーブルの上に置いてから、彼女と向かい合う形でソファーに座り、
「あんたとなら、第二次世界大戦中の軍用機の話題で一晩中語り明かせそうだ」
男の子の大好きな話に持ち込もうとするが、
「せっかく来てもらったのに、そんな話題じゃつまらないわ。私、もっと楽しいお話がしたいの」
猫が飼い主にかまってもらいたがる時の様な甘い声音でマリリンが断る。
「じゃ、ゲームの話でもするか。第二次世界大戦中の国家を運営するシミュレーションゲームとか」
「あの手のゲームはつい夢中になっちゃうから、時間があっと言う間に過ぎて行くのよね。でも、とりあえず第二次世界大戦から離れない?」
「となると、戦国か三国か」
「シミュレーションゲームは一人の時でも出来るじゃない。そうね、男女間のゲームの話題はどう?」
「格ゲーか。男キャラで女キャラボコるのは、いまだに少し抵抗がある」
「面白い方ね。そういう所をグレタさんが気に入ったのかしら」
「俺がグレタ嬢に雇われてる事を知ってるのか?」
「社交界じゃ有名よ、エイジン・フナコシさん。それに、『雇われてる』、じゃなくて、『愛されてる』、でしょう?」
笑みを浮かべつつ、からかう様に尋ねるマリリン。
「エリザベス嬢が情報発信源だな。まあ色々事情があってグレタ嬢の調教係を引き受けているんだが、これが中々言う事を聞かなくてな。昨日、ようやく『お手』を覚えさせた所だ」
「まあ、ひどい冗談ね。いくら愛されてるからって、そんな事ばかり言ってると嫌われちゃうわよ」
実は、冗談じゃなかったりする。




