▼271▲ 瞬間移動で他人の家を訪問する際のマナー
トレーニングを終えたグレタが暗緑色のタンクトップに迷彩柄の短パン姿で小屋に戻り、イングリッドがキッチンで夕食の準備をしている間、居間のソファーに座って寛いでいるエイジンに構ってもらおうとちょっかいをかけていると、不意にテーブルに置いてあった携帯の着信音が鳴った。
「あら、ジュディからだわ……どうしたのジュディ、何か御用?」
すっかり打ち解けた様子で携帯に出るグレタ。相手の話に少し耳を傾けた後、
「今から? ずいぶん急ね……いいわよ。大したおもてなしは出来ないけれど、夕食がまだなら一緒にいかが? そう、ならいいけれど……エイジンなら隣にいるわ。替わるわね」
隣でそれとなく聞き耳を立てていたエイジン先生に携帯を渡し、
「ジュディが今からここに来るわ。何かエイジンに頼みたい事があるそうよ」
「『もしもし、私ジュディさん。今あなたの家の前にいるの』、か。まるでどこぞのメリーさんだな」
軽口を叩きながら、受け取った携帯を耳に当てるエイジン先生。
「もしもし、オレオレ、俺だよ。おばあちゃん。会社の金を使い込んだのがバレて、すぐに百万円要るんだけど」
「結婚詐欺だけでは飽き足らず、振り込め詐欺も手掛けていらっしゃったんですか。エイジンさん」
特に怒りも笑いもしない、いつもの淡々としたジュディ特別捜査官の声が聞こえて来る。
「どっちも手掛けてねえよ。あんたも昨日の今日で、俺の顔なんか見たくもないだろうと思っていたんだが、まさか後から急に怒りがこみ上げて来て、やっぱり俺を逮捕しておこう、って事にしたんじゃないだろうな」
「そんな心を病んでしまった人の様な真似はしませんから、安心してください。単刀直入に言います。エイジンさんに魔法捜査局の仕事を手伝って頂きたいのです」
「巻き上げた二千万円分はキッチリ働けや、って事か。魔法界の大物も、実は案外小物だったのか」
「昨日も言いましたが、それは私自身に課したペナルティなので、特に見返りは求めません。それとは別で、この仕事の依頼を受けてくださるのであれば、報酬としてさらに百万円を支払います」
「そいつはありがたい話だ。金はいくらあっても困らないからねえ。ただ、キツい仕事だったら断るぞ。あんたの城の庭に穴を掘ってそれを埋め戻す作業を延々と繰り返せ、とか」
「それは仕事ではなく、ただの拷問です。そんな無意味な事をさせる程、魔法捜査局は暇ではありません。詳しい事は直接そちらでお話しますので、とりあえずドアを開けて頂けますか?」
ジュディがそう言い終わると同時に、ドアチャイムの音が小屋に鳴り響く。
エイジンとグレタが居間を出て玄関に行くと、既にイングリッドがドアを開けて出迎えており、
「夜分、突然訪問してすみません。あなた達にお願いしたい事があるのです」
すぐ外に、黒ローブに身を包んだジュディがぽつんと立っていた。
「直接小屋の中に瞬間移動して来ない辺り、一応訪問のマナーは守ってるんだな」
エイジンがからかう様に言うと、
「それをやっていいのは、犯行現場に踏み込む時だけです」
ジュディは無表情で淡々と答えつつ、
「まあ、ここも結婚詐欺の犯行現場と言えなくもないですが」
とやり返す辺り、実はまだエイジン先生への怒りが収まっていないのかもしれない。




