▼267▲ どこに需要があるのか分からないプラモデル
倉庫を出たエイジン先生が稽古場にやって来ると、黒ジャージ姿で待っていたグレタが、エサをくれる人を見つけた愛想のいい野良猫の様にすぐに側に寄って来て、
「で、今日は何をするの、エイジン?」
エイジンが手に提げている紙袋に興味を示す。
「これまでの単調な写経とはガラリと趣向を変えて、もう少し複雑な作業にチャレンジしてみようと思う」
エイジンは紙袋から、大きめの菓子折りサイズの箱を取り出し、グレタに手渡した。
「何これ、扇風機?」
その箱の上面の、無駄に壮大な青い海と白い砂浜と緑の木々を背景にして、でん、と大きく描かれた一台の扇風機の絵を見ながら、グレタが尋ねる。
「倉庫にあった三分の一スケールの扇風機の古いプラモデルだ。どんな層に向けてこんな代物を販売していたのかさっぱり分からんが、ネタとして面白いので、今日はこれを作ろう」
「武術の修行からどんどん遠ざかっている様な気がするんだけど」
流石のグレタもこれには苦笑い。
「女の子は知らんだろうが、中々どうしてプラモ作りは集中力を高める効果があるぞ。騙されたと思って組み立ててみるがいい」
「そうやって、また騙すのね。まあ、いいわ、騙されてあげる。ちょっと面白そうだし」
二人は開け放った窓の近くで、床に新聞紙を広げて小机を置き、その上にさらに新聞紙を敷いてから、箱の中身を一つ一つ取り出した。
「パーツ少ないな。カバー部はもう銀メッキ加工してあるし、塗装する必要もないのか。これだとすぐに作れそうだから、初心者向きだな、うん」
自分の選択が正しかった事に、満足げに頷くエイジン。
「これ、書いてある事がよく分からないから解説して」
組み立て説明書をエイジンによこすグレタ。
「順序に従って図示されてるから大体分かるだろ。まずはこの絵と同じパーツを枠から切り離せ」
こうしてエイジン先生の指導の下、ニッパーとカッターとヤスリとプラスチック用接着剤を取っ替え引っ替えしながら、グレタは器用にミニサイズの扇風機を組み立てて行く。さながらお兄ちゃんの男の子っぽい遊びに強引に付き合わされている幼い妹の様に。
「エイジンは元の世界でこういう扇風機を使ってたの?」
半分ほど組み上がった所で休憩を入れ、あぐらをかいたエイジンの太ももの上に手とあごを乗っけて寝そべるグレタ。
「いや、こんな古そうな型の扇風機は実家にもなかった。もう一世代か二世代前の遺物だと思う」
特に払いのけようともせず、グレタの好きにさせておくエイジン。
「いつか、エイジンの実家にご挨拶に伺わないとね」
上機嫌でエイジンの太ももに頬でスリスリするグレタ。
「『これが最近飼い始めた犬です』と、紹介しろってか?」
そう言ってエイジンがグレタの頭をよしよしとなでてやると、グレタはエイジンの太ももに無言で咬み付いた。




